ユーコさん勝手におしゃべり

8月31日
 テレビがアナログ放送を終了して1ヶ月と1週間がたった。まだ映るテレビを放棄する気にならず、かといって長年使っていつ壊れてもおかしくないブラウン管テレビのためにチューナーを買うのも気乗りがしない。
 そこで地デジ化とともにテレビは終了となり、生まれて初めて家にテレビがない状況を迎えた。
 数日経過し、テレビは人を孤独と向き合わせない装置だ、と感じた。テレビがないことは、夜仕事が終わって台所に立ち、一人で食事をしようとする時、最も痛感された。一人のご飯は淋しいものだ。でもテレビがあるとその淋しさを感じずにすんでしまうのだった。
 こちらから働きかけずとも、むこうから勝手にしゃべってくれる。自分が思いついたのでもないことについて問題提起までして、頭の体操もさせてくれる。でも解答付きで深く悩ませない。
 テレビの無いことは当初少しあじけない気もしたが、すぐに慣れた。毎日来る新聞のテレビ番組表を見て、そのにぎやかしさに、「何も変わらないんだな」と、どんどん冷めていくようになった。
 夜は寝るまでテレビと共にあった店主は少々禁断症状に苦しんだらしいが、既に落ち着き、テレビは今まで撮りためた名画のビデオやDVDをうつすモニターになっている。
 もう、そう遠くへ出かけることもなく、テレビが情報ツールでもあり友達でもある老親の家には、早々にデジタルテレビを買いアンテナの手配もしたけれど、今、自身にはテレビは必要ないかなと思っている。

8月28日
 先週なかば、尾瀬へ出かけた。今月は豪雨のニュースが多かったが、今回も天気の神様に恵まれた。
 24日、午前1時起床で2時に車で出発し、早朝鳩待峠に到着。
 「昨日まで雨続きだったけど、今日はいい天気になるよ。」と駐車場のおじさんが言ってくれて、一安心。空気がおいしい。
 整備された道を山ノ鼻まで降りる。持参のおにぎりで腹ごしらえして、いよいよ尾瀬ケ原ハイクへ。
 バンと視界がひらける。一面の尾瀬ケ原だ。こんなに遠くまで見渡すことは日常生活では無い。背後に至仏山、前にははるかに続く木道、所々に池があり、つぼみをびっしりつけたスイレンのような小さな葉が浮いている。もっと小型のものはコウホネだとわかったが、つぼみの群生しているのは何だろう。ハイキングの後ビジターセンターで調べる楽しみが増えた。見る花、見る蝶、みんな名前を知りたい。知らなければただの「花」だが、名前を知れば次に見かけたとき、「ア、○○だ」と知り合いに会ったときのように親しめる。
 牛首分岐で一休み。陽がさしてきたが風がここちよい。竜宮まで足を伸ばすことにした。
 牛首から竜宮まで40分、ひたすら歩く。目に入るものがみな新鮮で、心弾む。
 竜宮でまた一休みする。見かけた蝶の色と柄をせっせと頭に入れる。山ノ鼻のビジターセンターに戻るまで覚えていられるかな。
 帰路、行きにつぼみだった水生植物が開きかけていた。白い花のさいしょの一輪を見た。進むほどに日は昇り、次々開花してゆく。案内人に引率された中学生の学習グループ数組とすれ違う。小耳にはさんだレクチャーで、池の花はヒツジグサと判明した。
 山ノ鼻まで戻り、ビジターセンターのとなりのロッジでカキ氷をいただく。ここから車を置いた鳩待峠までは一時間半、ひたすらの登りだ。
 鳩待峠で休憩して、この日は谷川温泉に泊る。水上温泉から谷川にかけて、フジバカマが満開であちこちに咲いていた。萩も咲き初めていて、秋が近いことを感じる。
 ゆったり温泉につかり、たっぷり地の幸をいただく。夜、床に入ってから激しい雨の音がした。
 翌朝は、またしても天に恵まれ、晴れ。宿を出る時フロントに、旅館の方がその朝とったミョウガが山積みになっていて、とても良い香りがした。
 「御自由にどうぞ」と言われ、ビニールに一袋いただく。
 この日は谷川温泉から水上に下り、諏訪峡を散策した。よく歩き、よい汗をかいた旅だった。
 爽風の地に2日いた。帰ると夜にもかかわらず東京はムア〜っと暑かった。
 が、翌朝、庭のプランターで、夏花の群れの中にムスカリがいっせいに芽吹いているのを見つけた。
 暑い暑いと言いながらも、季節は容赦なく動いているのだ。
 昨晩は、隅田川の花火だった。夜、店の2階にいると、ドンドンとかすかな音が聞こえて気がついた。しばらくすると、
 「早く行こうよ、花火終わっちゃうよー」と外で言い交わす声がした。
 震災からの復興を願う隅田の花火で、今年の夏もしめくくり、だろうか。

8月19日
 亀産卵。今年2度目の産卵だ。
 1回目は7月12日だった。産卵後は食欲も戻って安心したが、8月に入ってすぐ、また食べ物を受け入れなくなった。落ち着きがなくなり、最初の産卵前と同じ様子だったので、「第2段か」と気付いた。亀は一度に十数個もの卵を腹に抱え、何度かに分けて産卵するらしい。卵がいくつあり、何度で出すかは、出てみないとわからない。
 2度目は慣れたもの、とタカをくくっていたが、何日たっても卵は出てこない。亀自身も「ピー」と切なく鳴き、苦しそうに見える。猛暑でもあり、園芸用の土の入った衣装ケースに入れて日陰に置いてやる。せっせと後ろ足で土を掘り、長い尻尾を土にさし込み落ち着く。が、卵はやはり出ない。
 「体調が悪いのかしら」「卵がつまっちゃったのかしら」 と3週間に近い断食状態に心配はつのる。
 さすがにお腹がすくのか、8月の3週目に入ってほんの少しだけ食べた。
 そして、今朝、卵があった。前回同様五つ。白く輝く亀の卵だ。そして旺盛な食欲と人なつこい性格が、ケロッと戻った。エサを見る目がキラキラしている。この豹変ぶりには驚く。本能だけで生きているとこんなにわかり易いものなのだ。人間は、実にいろいろなものを身にまとって生きているのだな、と思う。
 何はともあれ、めでたしめでたし。
 どちらにせよ無精卵なのだから、今夏はこれで出し納めになると、亀自身にも、飼い主にもよいのだけれど—。
 今冬の冬眠用のスタミナが次の心配です。小エビでも与えて、栄養つけさせてやるか。

8月15日
 千葉はひろい。何度行っても行ったことのないところがある。先週は富津方面へ出かけた。
 千葉には高い山がないので、空がひろい。京葉道路で千葉市街をぬけると、急に空が円くなり、両側は田園になる。
 館山自動車道脇には竹林が多い。竹は百年に一度花が咲き枯れるというが、昨年はちょうどその時だったらしく、竹林が茶色く変色して、「これからどうなるのだろう」と思わせた。ところが今回通ると、竹はみごとに再生していて、新鮮な黄緑・緑の竹林になっていた。しっかり根を張り、森林を守っている。景観・環境を守るためにきちんと手を入れる人がいることに感謝。
 その日は「秘境」といわれる地域に行くために、着替えをバイクに装備して出かけた。漁協直営の食堂の朝獲れ寿司で腹ごしらえをして、森に入り、バイクを置いて沢づたいを歩く。途中から沢が道になっていて、浅瀬を魚やおたまじゃくし、カエルと一緒に進むことになる。沢ガニが歩き、オニヤンマが飛んでいる。水が少なかったので、滝登りもできた。爽風と足元の水の流れで、森の外の炎天を忘れる。すっかりビチョビチョになった服は、帰りに地元のガソリンスタンドのトイレで着替えさせていただいた。
 半日で、たっぷり遊んで、帰宅した。
 来週は、尾瀬へ行く。群馬県・谷川温泉に泊り、鳩待峠から尾瀬ケ原を歩こうと思っている。
 4月4日のこの欄に書いたことは、そのまま今も続けている。人出は戻りつつあり、高速道路のサービスエリアに観光バスも増えてきた。それでもまだ、少しでも人の足が、力になることはあるだろうと思うから。

8月6日
 今週の半ば、前日光から佐野へと北関東のバイク旅に出た。
 朝8時に店主と店を出て、東北自動車道を栃木で降り、途中道の駅でプチトマトを買って前日光へ。峠道をぐんぐん登ると、点々と牛たちが草をはんでいるのが見える。10時半ごろ前日光ハイランドロッジに到着。手打ちそばの食べられる食堂はまだやっていないので、先にハイキングに出かけることになった。井戸湿原だけ周るつもりだったがロッジのおじさんが「横根山がいいよ」と教えてくれたので、まず横根山へ登ってから井戸湿原へ下るというルートに変更。プチトマトを食べ食べ歩く。
 涼しい風が吹き、歩くのに調度よい気候だ。戦場ヶ原と同標高だという。整備された木道の回りは木がトンネル状になっている。葉を見るとミツバツツジで、他にも「アカヤシオ」とか「レンゲツツジ」と名札が下げてある。山への登りも山頂からの下りもつつじのトンネルなのだ。天然のつつじの大木に、「これは5月にも来なくちゃね」と店主と話す。ここまで誰とも出会わなかった。 
 井戸湿原の入口に近づく、ヴィーンと草を刈る音がする。湿原の整備作業中のおじさまたちが、ちょうど昼休憩に入ったところで、店主が周囲の林道の舗装状況を聞く。おじさんが、木道の下に咲いているモウセンゴケ(食虫植物)を教えてくれた。
 「五段の滝まですぐそこだよ」と道を示してくれたので、また少し寄り道。ここへの道すがらも誰もいない。森は甘い香りがした。流麗な滝の姿は別天地だ。
 ロッジへ戻ると、さすがに車が数台とまっていて、人里に来た感がある。そばを食べて、高原を下りる。途中の林道は前日までの大雨で崩れたのか、ブルトーザーが作業していた。少しとまって一作業を待ってから通過。その時対向車があったので、「向こうから来る車もあるってことは、道は通じてるんだ。よかった」と店主が言う。井戸湿原の整備をしていた方も、「今日は天気がよくてよかったね」と言っていたが、昨日までは荒天だったことが、道路の落石や木片からしのばれる。
 佐野へ向かう途中、少し雲行きがあやしくなる。空を見て、「東京方面はどしゃぶりだな」と店主が言う。指さす方の雲が灰黒かった。
 佐野の街へつき、出流原弁財天へ向かう。平地の街場は暑いが、弁財天の裏手には風穴があり、冷風をあびることができる。
 弁財天の駐車スペースにバイクを止め、まず白ヘビ様にご挨拶を、と思って像に近づくと、そこに羽黒トンボがいた。とんぼとは思えぬ黒い羽に青緑のホログラムの胴体をもつ。インターネットでは見たことがあったけれど、本物を見たのは初めてだった。白ヘビ様にお礼をして山門をくぐり長い石段を上る。風穴からの冷風をゆっくり楽しんだ。店主は身体いっぱいあびているが、私は冷たすぎるので、穴から少し離れたところで涼んだ。
 「これがあるからこの弁財天の建物を建てたんだろうなあ。天からの恵みと思って…」と店主はひとりごちていた。すると、突然「アレ!?」と言う。
 「急に涼しいのが来なくなった。」
 私は、「そんなぁ」と応対したが、確かにさっきまでの冷気が来ない。
 「風がかわった?」と言うと、店主が、「雨が降るんだ! さっきの雲がこっちへ来てるんだよ。すぐ降りよう。」と言う。急いで石段を下り、バイクにまたがると、かねて予定していた佐野ラーメンのお店へ向かう。ポツンポツンと大粒の雨を感じて、目的のラーメン屋さんの軒先へバイクを入れた途端、ザーッと音をたてて雨が降り出した。
 「白ヘビ様が教えてくれたんだな。」と話しながら店へ入る。店の横の道を川のように雨水が流れてゆくのを眺めながら、美味しいラーメンと餃子をいただく。一服しているうちに小雨になり、店の軒下に営巣している何組かのつばめも戻ってきた。
 雨がやみ、薄日もさす中、本日のルートの最終目的地、スーパー銭湯へ行く。スーパー銭湯とはいえ、露天風呂は温泉で休憩室もあり充実している。洗い場に座りふと前を見ると、鏡の上の窓際に小さな青ガエルがじっと座っている。
 「どうしてこんなところに?」 窓はみな網戸が閉まっているし露天風呂への出入口は自動ドアでやはり閉まっている。お掃除の時か何かに入ってしまって出られずにいるのだろう。誰かに見つかって気持ち悪がられても可哀想だと思い、そっと手のひらに包んで外の露天風呂の庭に出してやる。白ヘビ様に助けてもらった恩返しができたかな。
 ここのところのゲリラ豪雨と台風の影響で、雨がちの週だったが降られずにすんだ。
 よい一日だった。

8月2日
 北関東へ旅に出る。
 季節に合わせ、ここ何十年、年に幾度となく地図を北上してきた。東京から、関越自動車道や東北自動車道にのる。しばらくすると両側に田んぼが拡がる。この時期、整然と背丈が揃い風に揺れる緑の稲は、神々しいほどの美しさだ。思わず「いただきます」と手を合わせたくなる。常とかわらぬそんな光景が、今年は切ない。暑さの中、田畑を手入れする農家の方の姿を見かけると余計に切ない。
 「どうか、無事に」と、いつもと違う言葉で手を合わせる。震災以降、見えないものほど大切で、見えないものほど怖いと思い知らされた。
 先週は、群馬県沼田から金精峠を通り、奥日光をめぐった。丸沼高原、湯ノ湖、戦場ヶ原と、どこも高山植物がまぶしいほどに満開で、輝く花をつけていた。持参した小型の手帖の一頁は花の名前でいっぱいになった。
 いつもなら楽しいばかりの高原ハイキングだが、無心に飛ぶとんぼや一心に蜜を求める蝶を見て、何ともいえないはがゆい気持ちになる。「どうか恐ろしいものをふらせないで」と天を仰いでも、告げる先がない。
 美しいものを美しいままに受け取ることの難しい今夏だが、このままうっちゃっておくことはできない。もどかしさはもどかしさとしてそのままに、やはり出かけ続け、見続けよう。
 今週は、前日光・井戸湿原へ行こうと思っている。

7月のユーコさん勝手におしゃべり
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