ユーコさん勝手におしゃべり

7月23日
 不思議なシンクロニシティをみることがある。
 昨日、書庫に本を数箱持って行った。店舗も書庫も本でいっぱいなので、新たに本を入れる時には場所を作らなければならない。売れて空いた分を詰めたり、置き方を変えたりする。その時本にさわり、背の題名を見る。
 「ここの棚は最近動いていないな」とか「こんな本あったんだな」とか、手は忙しく働いているが、脳は自由なので、自由にものを考える。
 空いたスペースに持ってきた本を詰めて、作業を終える。
 店に戻ってしばらくすると、さっき手にとって動かした本に注文が入っている。
 「あれ?」と思うが、驚いているのではない。ある本のことを話題にしたり、棚整理をしたりすると、なぜかその本やその分野が売れてゆくことが、よくあるのだ。
 古い本を扱っていて、基本的に在庫は一冊ずつしかないので、一冊売ってしまえばおしまいで、それをきっかけに何かブームがおこるというわけではない。世間での流行とも無縁だ。
 でも自分が本を見て、「気になるな」と思ったものを、同じ頃やはり気にかけた人がいることになる。とても不思議なのだけれど、不思議でもないとも思える。
 古本屋にはヘンな本がいっぱいある。「こんなことに、こんなにも興味をもつ人がいるかしら」と思う本でも、世の中の誰かしらが興味を持って調べたことだ。時代を経て、同じことに入れ込む人が、どこかにいるはずなのだ。
 だから古本屋はなりたっている。
 時と場所を超えたシンクロニシティに感謝、乾杯。

7月12日
 亀を飼って15・6年になる。金魚屋さんで売っていた足の親指ほどのゼニガメだ。数年は家の中にいたが、その後は外のプランターの番人となって久しい。毎年各地の紅葉狩りで拾ってきた色とりどりの落ち葉のお布団で冬眠する。尻尾が長いので本名は「しっぽ」だが、たいてい「かめ」と呼ばれる。
 この長年の友をずっとオスだと思っていた。
 その子がこの一週間ほどごはんを食べなくなった。今まで好きだったエサに反応しなくなり、好物のカニカマボコさえ拒否した。やたらと落ち着きなく動き、散歩に出すと喜んでテケテケ歩くが、知らない人が近づくとサッと身を隠そうとする。人懐っこかった今までとちょっと違う。
 そしていつになくよく鳴く。しきりに「ピー」とか「キュッキュッ」と可愛い音を発していた。
 「どうしたんだろう」といぶかって置き場を変えたり、気を引く餌をやったりしていたが、今日早朝に理由がわかった。
 彼はメスだったのだ。
 きれいな楕円の造形を五つも—。甲羅があっては、人のようにお腹をふくらますこともできないのだから、ごはんを食べる余地はなかろう。ちょうど見つけた時は産んだすぐ後だったのか、しきりに後ろ足を後ろにかいていた。テレビで見た海亀が産卵後に砂を卵にかける時の格好と同じだった。自然界ではクサガメの子どもも砂の中から出てくるらしい。人工の水槽で砂などないのに…。第一一頭飼いだからあきらかに無精卵なのだ。
 あわれにも思うが、カラスに襲われる方が心配なので、卵は廃棄した。
 彼女は、その後すぐに今まで以上の勢いでエサを食べた。そしてすっかり落ち着きを取り戻し、いつもの石の上にのって甲羅干しを始めた。
 産んで埋めてしまえば、あとは自然の摂理に任せ、何の杞憂もないらしい。
 何はともあれ、安心した。
 今夏はうれしいことがもうひとつ。店の前の電柱の変圧器の下のパイプの中に、数年ぶりに雀が巣をつくった。早朝、雀らがジュジュッ ジュジュッとかわいい声で鳴き交わし、巣に出入りしている。
 数年前にカラスに見つかり、途中で断念したままの巣だ。
 今年はどうかうまくいきますようにと、雀を驚かさないようにそっと変圧器の前のカーテンを開けて、日々の営みを覗かせてもらっている。

7月8日
 毎日古い本に囲まれている。休日でも自分のために本を読むので、本を手に取らない日はない。新しい本に新しいことが書いてあるわけではなく、古い本にも古いことばかりが書いてあるわけではない。
 良い言葉があると、そこらへんのメモ紙に出典とともに書き留めておく。その時はいいなと思っただけでも、しばらくすると生活のふとした場面で「このことを言ってたのね」と再確認することがあり、時にはこの欄にエピソードに合わせて先達の作品の一部や詩歌を掲げることもあった。
 そんなメモ紙の集積の中に、中瀬古六郎著、昭和22年大雅堂刊の本の一節がある。メモ紙に書き写した後しばらくして大震災があり、あまりにタイムリーな一枚となってしまい、時々手にとって眺めてみるが、また仕舞っていた。今の世をこの著者が見たら、どんなに落胆することだろう。

 「科学的文化に最も必要な資源とする所の鉄と銅と石炭と石油とが 極めて近い将来に於て欠乏焼尽を来すことは既に否むべからざる所であって、動力資源としてささやかながら残されるものは唯水力電気と木材薪炭があるばかりである。
  (中略)
 最も普遍的な存在である所の太陽の熱及び光と 風力及び潮流のエネルギーとである。即ち今から五十年後、百年後の人類は今日の如く、天然資源、材料分配のために、血眼になって相争ふの必要なく、唯々万国及び万民共通の土と海と水と空気と太陽とにのみに依存して 真に四海同胞、共存共栄、万邦一和の王道楽土の出現を待つのみである。」 (『自然の驚異』昭和22年大雅堂より抜粋)

7月5日
 「がんばれ本日。」
 とこう書いてあったのだ。口に出して見ると思わず笑ってしまう。
 本日の1日だけをとりあえずやりすごしていければいいのだと、力が抜ける。
 誰に対してということもないし、自分に向けて、ととりわけ言っているわけでもない。今日という漠とした1日を励ましているのだった。
 今日、涼を求めて奥日光へ日帰り旅に行った。朝、中禅寺湖畔のイタリア大使館別荘記念公園へ寄り、ソファに座ってそこに置いてある雑記帳をパラパラ見ていた。いろんなことが書いてある。
 景色のすばらしいこと、震災後初の旅行なこと、6月19日に高速1000円の割引が終了するので最後の遠出利用でここまで来たこと、などなど。その中のひとつに子どもの文字の1ページがあった。いっしょうけんめい書いた判読の難しいひらがなの記述の最後に、記名と「がんばれ本日。」の1行があったのだ。大人がよく使うスローガンの「がんばれ日本」を書こうとしたのだろう。
 でも、具体的ながんばりポイントを表していないそのスローガンより、お日様の国に生まれて、これからそだっていくその子には、「がんばれ本日。」の方が、ふさわしいしほほえましい。
 この時ここでの気温は17℃、ラジオで「東京の最高気温は32℃」と言っていた。男体山にお参りし、日中は湯ノ湖畔に敷物を敷いて、本を読んで過ごした。他には何もしない。これ以上のぜいたくを、今は思いつかない。
 本日の一日をたっぷりと楽しんで、夜、東京に帰ってきた。
 帰ればすぐ仕事へと体が向かう。がんばれって言われなくても、がんばるように自分が仕組まれているのだから仕方がない。
 今日見たあのかわいらしい「がんばれ本日。」の文字を励みに、大人はこれからもがんばろう。

7月2日
 梅雨時とはいえ、照れば暑い。
 今日も雷が鳴り、暗くなったかと思うと、急に照りつけた。
 あわてて店の前に日除けネットを垂らす。作業中に、店の前を通りかかったご近所の奥さんに、「暑いですね」と声をかけると、
 「ほんと、全部持って出ないと、出られない」 と応えた。
 サンバイザーをかぶり、首に金魚柄の手ぬぐいを巻いている。手さげカバンの中には折りたたみの傘も入っているのだろう。
 笑顔で「そうですね」と通常の受け答えをしながら、「全部持って出ないと、出られない」という何気ない一言が、頭の中でふくらんでいった。
 降ったり照ったり、もしかしたら余震もあるかもしれないし、節電で電車が定刻に動かないかもしれないし…。
 何だかたいへんな世の中になっちゃったな、と、蛍光灯を減らしクーラーからドライ運転に切り替えた店内に戻っても考え続けた。
 電気のことばかりが気にかかる、奇妙な夏がやってきた。

6月のユーコさん勝手におしゃべり
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