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11月27日 「一年おさめの九州場所」 という文言を何度も聞いたので、もう年末のような気分になった。先週まで相撲中継をみていたのだ。 子どもの頃、父は熱心にテレビ中継をみていた。おすもうさんが向かい合って手をついて、「もう はじまる」と思ったのに、トイレに入って帰ってきてもまだはじまらない。もう一度手をついたりして、「何やってるんだろ」くらいに思っていた。若い頃は興味もなかった。 それから長い年月が過ぎ、父はずっと相撲好きで、私はたまに実家に帰ると父と母の相撲談義(好きな力士の取り口での小ケンカ)を聞いていた。 母が逝き、介護で週二回実家に行くようになって、また場所中は一緒に相撲中継をみた。そしたら、はまった。子どもの時にはわからなかった一人一人の呼吸や気合が見える。父もこの世を去り何年かたつけれど、私は毎場所を楽しみにするようになった。画面をみるたび、横綱相撲好きの父と、イケメン力士好きの母が一緒にいるような気がしている。 気分が年末に近づいたのは、紅葉が一気に進み、目に映る景色が変わったからでもある。 芝居の場面転換のように街路が黄色や紅に染まることで、いつまでも続くかと思われた長い夏は終わりを告げた。 先週、山梨へ旅行に出かけた。高速道路が相模湖を過ぎたあたりから、山々が紅葉の展覧会のように迫ってくる。笛吹の街でいくつかの郷土博物館に寄り、あらためて歴史の深さと重みに感服する。 甲斐武田神社の裏山で、足元に小さなもみじの芽吹きを見つけた。2cmくらいのひょろりと細い茎に5mm程の欠けた葉が一枚、紅く染まってついている。飼いカメへのおみやげ用に拾った数枚のもみじ葉といっしょにビニール袋に入れた。 帰宅後、店主が以前に千葉の犬吠埼海岸で拾った小さな穴のあいた石を鉢に見立てて、その小さなもみじを植えた。毎日水をやり、今のところ、枯れずに生きている。 店主曰く、「『パーフェクトデイズ』みたい」 らしい。 甲斐のもみじ葉の袋に、地元堀切菖蒲園の桜の落ち葉も入れた。12月の本格的な冬眠の時、カメの上に乗せてやる。 来春冬眠明けにはいいにおいのカメになっている予定だ。 おととい上野の映画館で、「TOKYOタクシー」を観た。 今の住まいが葛飾で、私の実家が横浜なので、道ゆく景色が丸かぶりだった。自転車で普段巡っているところや、実家へゆく道が次々あらわれて、一緒に移動している気持ちになった。 街はどんどん変わってしまう。山田洋次監督が残しておきたいTOKYOが、スクリーンいっぱいに映っているのだろう。 隅田川の橋々を渡り、多摩川を越えれば東京から神奈川に入り、鶴見川を渡れば私の実家は近い。そこから青春の頃を思いだす元町を通り葉山へ。 「寅さん」シリーズが結果的に各地のアーカイブになっているように、この作品も各地版で撮れると思う。 映画を観終わって、甲斐のぐるりを山に囲まれた風景を思い出す。 山梨や長野に生まれ育てば、特徴的な山の名前は当然のように言えるのだろう。富士山以外の山の名を知らないけれど、地元の川にかかる橋の名前は皆言えるように。 夕べ「TOKYOタクシー」の原作となった「パリタクシー」をビデオで観た。映画として味わい深かった。もしパリに生活していれば、出てくる風景に、また違った感慨を持ったに違いない。 11月17日 今日は、あたたかいけど風の強い日だった。 あたたかいといえば、カメがおとといの晩、また、たまごをうんだ。 2階のダイニングのはじに寝袋が置いてあり、夕食後など仮眠をとるのに重宝している。おとといの晩、「ちょっと横になろう」と寝袋を開くと、カメが入っていて、横にちょこんと白い奇麗なたまごがあった。 カメが入り込んでいたことと、たまごがあったこと、二重に驚いた。寒がりのカメは家の中でほとんど寝て過ごしているが、自分の寝床よりもっとあったかいところを見つけて喜んで入ったのだろう。でも、産卵だなんて…。しかも冬眠直前のこの時期に、今までとまったく違う場所で、である。 夏の産卵時は苦しそうに後ろ足の曲げ伸ばしをくり返し、破水して地面を濡らしながらとか、水槽の中で、たまごをうむ。なのにあの晩のたまごは濡れてもおらず、寝袋内もきれいなままだった。幻のようなホントのカメのたまごだった。 その話を、齢90になる叔母にしたら、「今ごろ咲く 桜みたいね」 と言う。そういえば、秋に染井吉野やつつじに時期外れの花が咲くことがある。今年のカメのたまごも、桜の狂い咲きみたいなものなのか、と納得した。 齢90というと、叔母と角野栄子さんは同世代なのだ。 あたたかいけど風の強かった今日、江戸川区にある角野栄子魔法の文学館へ行った。 自転車で荒川土手を海に向かってこぐ。向かい風だったが、目的地があり、入場時間予約もあるので、がんばった。 なぎさ公園に着き、駐輪場に自転車を止めると丘の上に白い文学館がある。「清純な白」と角野氏が言う建物に入ると中は一面「いちご色」に染まって角野栄子ワールドになっている。 対談やインタビュー映像の中で、角野氏が相対する人を「あなた」と呼びかけていた。 「あなた○○じゃない」「あなた○○したらいいわよ」 それが、叔母の口調と重なった。そういえば今、「あなた」という呼びかけをあまり聞かない。黒柳徹子さんも、対談では「あなた」と言っていた気がする。 戦争を越えてきたパワフル世代の意気を感じた。 文学館を出ると、風はいっそう強まり、落葉をとばして、旧江戸川にも白波がたっていた。ここから葛西臨海公園までは向かい風で、自転車は強く漕いでも歩くより遅いくらいしか進まない。そのつらさを乗り越えて、臨海公園から荒川に入ると、ここから店のある堀切までは追い風だ。 まるで無風空間を進んでいるようだが、実は風が背中を押しているのだ。動く歩道に乗っている気分で自転車を走らせた。 これが最後の小春日和だろう。 店に帰ると、気象予報士が、「明日から寒気が南下します」と告げていた。 11月11日 「カメが たまごうんでる!」 「え?」 夜、家の中で自分のふとんにくるまっていたカメが、ゴソゴソ出てきて、水道の方へ向かった。時々店主が水浴させてやる流しである。 いつものように桶にぬるま湯をためて浸けてやると、水を飲み落ち着いて沈んだ。 数時間後、水からあげようと流しに向かった店主が、 「カメが たまごうんでる!」 と叫んだ。 「え?」 最初は聞き間違いだと思った。 「イヤ、見ろよ、たまごだよ」 と促され、黒い水桶を覗くと、カメの白いたまごがひとつ、水底にあった。 この夏、いつもより難産ながら、カメはせっせとたまごを排出した。そして秋が来て、今は一日の大半を眠って過ごしている。 こんな季節に産卵なんて、初めてのことで驚いた。 人間は驚いたが、カメは平然として、トコトコ歩いて寝床へ向かった。 人もカメも長く生きていると、いろんなことがあるもんだな。 11月9日 飼いカメは、家の中で寝床に入ったまま、ほとんど出てこなくなった。そっと覗いてみても目をつぶっている。 お肌(甲羅)が乾燥してしまうのを心配して、たまに店主がぬるま湯につけてやると目を覚ます。タオルで拭いてもらうと、しばらく探検してまた自分で寝床へもぐりこむ。 本格的な爆睡はまだだが、もう外に出る元気はない。 今朝、カメのプールのあったところに、草花のプランターを並べ、 「カメは冬眠しました。また春になったら会いに来てね」 と書いたプレートを挿した。 今までカメにあいさつしていた近所の方が、「あら もう寝たの」と言っているのが聞こえる。 店主が外で作業をしていると、プレートをみて、「カメって冬眠するの!?」 とスマホを出してカメの冬眠について検索していく人もいたそうだ。 いろんな反応があり、あらためてカメの顔の広さに驚いた。私よりぜったいはるかに知り合いが多い。私以上、お地蔵さん以下、くらいかなと思う。 11月4日 季節が揺れ動いている。 秋の女神に後ろ髪はない、のか、まだ前髪さえ到来していないのか、わからない。 夏服もしまいきれず、衣替えも中途半端なまま、昨日木枯らし一号が吹いた。 小庭の植え替えは徐々に進んでいるが、秋冬花壇にはなりきらない。暑すぎて咲けなかった夏の花が、今になって元気に花開き、抜くには忍びないからだ。 朝晩は寒さを感じるようになり、飼いカメは家にこもっている時間が長くなった。 そろそろ冬眠用の落葉拾いをはじめる頃だが、紅葉は今年例年より遅いようだ。 先週鬼怒川温泉へ行ったけれど、山は色づき始めといったところだった。温泉に行く前に、倉ヶ崎SL花畑へ寄った。ダイヤは知らずに行ったが、ちょうど日光・鬼怒川間を走るSL大樹の通過時刻が近く、立派なカメラを担いだ人が続々とコスモスの中の小道を、線路の方へ進んでいった。 一面のコスモスの中に、コスモスと同じ背丈のヒマワリがポツポツとまじっている。 夏の間背高く咲き競ったヒマワリの種が落ち、芽を出した二世だ。鮮やかな黄色がピンクのコスモスの中でいいアクセントカラーになっていた。 今年は異常な暑さが続いたけれど、こんな暑さの効用もある。 その中を速度を落として走るSLは期待以上の迫力で、カメラマン以外はみんな手を振り、SLの中の人もみんなこちらに手を振って、花畑中に笑顔が咲いていた。
9月のユーコさん勝手におしゃべり |