ユーコさん勝手におしゃべり

7月30日
 季節が変わるごとに小庭の花苗を買いに通っていた園芸店が、7月初めに行ったら閉店セール中だった。
 車で1時間ほどのところにあり、年に数回行くだけなので、閉店を知らずにいた。
 「もうすぐ80歳で、体もきつくなったから」と老店主が言う。名残を惜しみつつ最後の夏の花鉢を購入した。園芸店の水瓶から、ホテイアオイも3株買ってきた。
 ホテイアオイは飼いカメの好物で、シャキシャキとした食感がおもしろいらしく、カメの水桶に入れると次々噛んでしまう。噛むと傷がつく。枯れはしないが、花を見ることは今までなかった。
 今年はあのお店で育った最後のホテイアオイだと思うと、カメにあげるのも忍びなくて、カメとは離れた水桶に3株を浮かべた。
 あれから半月がたち、ふくらんだつぼみに今朝薄紫の花が付いた。公園の池などでは見かける花だが、自分の小庭ではじめて咲いた一輪は格別だ。明日咲くつぼみも伸びてきている。
 「生きていることは、やっぱり懐かしいことだな!」
 先日神奈川近代文学館で観た庄野潤三展のテーマフレーズが頭に浮かんだ。ポスターを見た時はピンとこなかったが、腰の少し曲がった園芸店の老店主を思い出しながら、ホテイアオイを見ているうちに、「生きていることは、やっぱり懐かしいことだな」の気分が満ちてきた。
 ホテイアオイは冬越しもできるらしい。カメに食べさせずにこのまま育てて、来年も花を咲かせてみようかと、思う。

7月21日
 昨日の朝8時過ぎ、飼いカメの世話をしに小庭に出た店主が、「オーイ」と呼ぶ。 外に出ると、小声で、「たまご うむぞ」と言う。
 「えぇ、こんな時間に?」 と、植栽の下で道路にお尻を向けてがんばっているカメを見ると、確かに産卵体勢だ。
 いつもは未明に生み終えているのだが、早朝には気配もなかった。あわててスマホを取りに家に戻る。
 スマホを構えると、最初の1個がポロリと出てきた。写ったかどうかもわからない。ちゃんとスマホのフレームの中に、柵越しにカメの姿が入るようにしていると、次々と産卵を始め、全部で11個のきれいな卵が排出された。
 飼い始めて29年、初めて産卵シーンを見た。よく頑張ったカメは、しばらくしていつもの顔で、いつもの水桶に入りエサを待った。
 あとでスマホを確認すると、最初の1個目だけ一瞬の動画があったが、あとは何もなかった。シャッターを押すのを忘れて、ただそのシーンを、画像フレーム越しに見ていただけだったらしい。
 ま、いいか。よい夏の思い出になった。
 夏といえば、今朝、セミが鳴きだした。
 猛暑が続き、真夏の植物の元気さが目に付くようになった。セミの声はまだ聞こえないな、と思っていたら、学校の夏休みが始まると同時に、店の裏の地区センターの欅の木から大音量のセミの合唱がはじまった。早朝から、
 「夏だ 夏だ」 と騒いでいる。
 暑さにうんざりしながらも、彼らの律義さには、感心と安心を覚える。

7月12日
 シオカラトンボ、赤とんぼ。
 雨の朝、そろそろ池で蓮の花が咲くかしらと堀切菖蒲園へ行ってみた。蓮は、まだだったけれど、水草の茂った池の上に赤とんぼがスイっと飛んでいた。
 スズメが一羽、水草の葉の上から上へ、チョンチョンと渡ってゆく。葉の浮力と自分の重さを測るゲームのように。
 池の上にはシオカラトンボも飛んできた。菖蒲まつりが終わり誰もいない園内は、静かにカラフルだった。
 昨日、店横の小庭に小さなバッタをみつけた。黄緑色のスリムスタイルで、シュッとした顔を天に向けている。今年の初見で、思わず「おかえり」と声をかけた。
 小庭で暮らして何代目になるのかわからないけれど、生まれて間もない彼にとって、私は見知らぬおばさんだ。
 まだ梅雨も明けぬ7月第2週なことが信じられない猛暑が続いて、人間はバテ気味だが、暑さ好き、猛暑上等、な生き物もいる。
 まず、小庭のカメは1日に2度目の産卵をして、13個の卵を排出した。食欲も旺盛で、もう1・2回産卵するのだろう。
 あまり暑いので、店主が子ども用ビニールプールを買ってきて小庭に置いてみたが、うちのカメは泳ぎがめっぽう苦手で、水に入れてもすぐバタバタと慌てて水から上がってしまう。結局、水深の浅い桶に手先と口先だけ突っ込んで、日がな日向ぼっこしている。
 それから堀切菖蒲園駅舎のツバメたち。7月に入ってヒナの体も大きくなり、巣が崩れ始めていた。通るたび心配しながら見上げていたら、7月8日、ツバメの巣に別荘ができていた。
 巣立ち始めた大きなヒナのいる本宅は、駅ガードの電灯の上にある。そのすぐ脇の柱に、お菓子か果物が入っていたようなカゴが針金で固定されて、カゴの淵から小さな灰色の頭と黄色いくちばしがいくつか出ている。
 どれが親鳥か兄姉か見分けがつかない何羽もが、かわるがわる飛んできて面倒を見ている。見守る人の愛情に包まれて、盛夏の空に飛び立ってゆくのだろう。
 私にはチト暑すぎて、あせもができてしまった今夏、猛暑を楽しんでいる生き物になぐさめられる。

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