ユーコさん勝手におしゃべり

1月8日
 ダンボールを古紙回収に出すのを忘れないように、と店主が言い厚紙とマジックペンを持ってきた。太めのマジックで大きくゆっくり書いた文字は、
 『リサイタル』
 「え?」
 「あ…」
 「リサイクルでしょ。 それじゃあ、ジャイアンだよ。」
 二人で大笑いのあと、『リサイクル』と書き直して、店主はそそくさとダンボール箱に貼りに部屋を出た。
 カタカナといえば、おととい堀切菖蒲園でもおもしろい出会いがあった。
 冬で葉の落ちた木々や、丈短く刈られた草は、植物名の掲げられた名札が見やすい。
 黒い板に白抜き文字で書かれたプレートをたどって歩く。
 一周した入口近くの花壇の低い草の前に、「アプリカハマユウ」の札が立っていた。
 「アプリカ?」 聞きなれない文字列に、どんな花が咲くのだろう、と想像しながら近くに寄りよく見ると、黒い板は支柱にプラスネジでネジ止めされていた。 「アプリカ」と思った〇は「フ」の右斜め上のプラスネジで、銀色のネジと白抜き文字が融合していた。
 ネジを黒く塗るところまでは思いつかなかったらしく、かえってほほえましい。
 公園や街路に植物名のプレートがついていると、いつもありがたく見る。覚えるわけではないが、何度も出会っているうちに自然と頭に入り、散策に出た時、知り合いに会ったようでうれしい。
 この日の菖蒲園は、咲き初めたロウバイが芳香を放っていた。帰り際、ホワホワと芽吹いたモクレンの裸木にメジロが二羽遊んでいた。
 帰宅後、「アフリカハマユウ」を検索した。名札を隠すほど枝葉の伸びた夏の花期にまた会いに行こう。

1月4日
 被災地の方々、災害にあわれた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

 2024年は穏やかに明けた、はずだった。夕方、建物の揺れを感ずるまでは。
 一日の朝、梱包をしてお客様へお届けする書籍をポストに投函した。その足で近くの神社の祖霊社へ行き七福神の石像たちのおなかをさわった。お詣りをして、近所のスーパーの初売福箱を買って帰った。
 ゆっくり新聞を読み、本を読んで一日目を満喫したあと、小さいけれど長い横揺れがあり、その後の報道で能登半島の地震を知った。
 理由も前ぶれもない。日本列島に住んでいれば、いつ誰の身に起きてもおかしくない大地震である。
 年末に千葉一宮へ行った。オリンピックサーフィン会場になった浜では、たくさんのサーファーがいてサーフショップが並んでいた。湘南も、通るたびに季節を問わずサーファーたちでにぎわっている。
 よく目にするあの地と、数年前に旅行で訪れた能登や珠洲の、のどかで美しい海岸線の風景、子どものころよく行った両親の故郷新潟の能生や直江津の海の景色、しまなみ海道の、和歌山の、そしてあの…、と今まで目にした海の思い出の数々が津波の映像と重なって一瞬でくつがえされ、何度もおしよせてくる。
 我が身の無力にいたたまれず、避難を呼びかけ続ける報道を消灯する。
 翌二日は、自転車に乗って亀有まで行き、映画『PERFECT DAYS』を観た。カンヌ映画祭の主演男優賞をとったことに深く納得。しぼられた出演者がそれぞれの世界にはまっていて、笑い、泣いた。
 帰宅後、羽田空港の日航機と海上保安庁機の事故報道がある。これが2024年の幕開けかとガクゼンとする。
 翌三日、また店主と自転車の乗って荒川を下り、下町を抜け小名木川沿いを走って木場公園へ。
 目的地は東京都現代美術館(MOT)のお正月開館である。MOTは、石の壁と高い天井に囲まれ建物に入ったとたんに異空間となる。
 MOTコレクション展のエントランス頭上にオノヨーコの詩のプレートが掲げられている。「FORGET」「REMEMBER」…の単語が迫ってきて身につまされる。そして、横尾忠則の特集展示へ向かう。
 色彩と意志に圧倒される。よい時間を過ごした。
 初場所チケット完売のポスターのかかる両国国技館の前を通って、隅田川そして荒川の土手を上って帰路についた。帰宅後、四日の分の受注と発送準備をした。
 報道をみれば息が詰まるが、襲ってくる無力感にあらがって動く。
 昨年末のこのコーナーに、亡父の腕時計が 主をなくして二年半を経て止まったことを書いた。年が明けて1月1日、文庫本を読んでいてこんなフレーズに出会った。

 自分は何をやっても間違うから…(中略)、もうどうしようもなくなってしまったのだと言い張った。
 …その部屋にもう何年も前から止まったままの大きな古い柱時計があった。
 「この世界で完全に間違っているものなんてひとつもないんだよ」 父は時計を見ながら言った。
 「止まってしまった時計ですら、一日のうちに二度、正しい時刻を指すじゃないか」
          "パウロ・コエーリョ『ブリーダ』(角川文庫)より"

 いつか否応なく、自分が立ちあがれない日がくるのだから、今は、頭をあげ、きちんと経済を回してゆこう。四日の朝、開いたばかりの郵便局にゆうパックの初荷を持参した。

 今年もよろしくお願いします。

12月のユーコさん勝手におしゃべり
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