ユーコさん勝手におしゃべり

12月23日
 冬は赤。
 急に冷え込みのはじまった朝、自転車で買い物に出る。緑色に四角く刈られた街路樹や生垣に一斉に赤丸がともっていた。
 椿の開花だ。数メートルの濃緑のキャンパスに強気な紅色、あちこちで赤い実をつける木々は目にしていたが、赤の真打登場である。
 自転車で走る目の端に入ってくる花々の色調が、黄色やピンクからぐっとシックになり、冬が来た。
 今日、父の腕時計がとまっていることに気づいた。父が亡くなって二年半、正確に時を刻んでいた。私の父は遅刻したことのない生真面目なサラリーマンだった。別に上質なものではないが、捨てるに忍びなく自宅に持ち帰って机の上に置き、たまに覗いていた。
 この年末、電池が切れてとまった時計を見て、かえってほっとした気持ちになった。
 「ごくろうさま、ありがとう。ゆっくりおやすみなさい。」
 そして、これからも、よろしくお願いします。
 
12月9日
 朝、小庭のプランターに水やりをしていると、駅の方面から
 「カーメちゃーん」 と明るい声がして、子どもが二人走って来た。
 小さい方の子が、いつもカメのいた柵の中をのぞき込んで、横にいた私に
 「カメちゃんは?」 と聞く。
 「冬眠しちゃったの。」
 「とーみんって なに?」
 「寒いと、ずーっと寝ちゃうのよ」
 駅から走って来た子に追いついたおばあちゃまとママが、「長ーく、眠ってるんだって」と言うと、私の方を見て、も一度聞く。
 「一週間くらい?」
 「えっとね、春になるまで…、チューリップが咲くくらいまでだよ。チューリップのつぼみが出てくるころ、目が覚めるんだよ。」
 「?」
 ものごころついてからの年数が少ない子どもには、チューリップや桜の開花と季節は結び付かない。
 週末に遊びに来るお孫さんたちを駅までお迎えに行ったおばあちゃまは、ご近所の方で、うちのカメのこともよく知っている。 小さな女の子に笑顔を向けて、
 「2年生になったら、だよ」 と言う。
 「ああ、ちょうどそのころですね」 と私が納得していると、女の子は
 「わっかりやすい。2年生になったら、か。」 と、跳ねるように言って、次の瞬間にはもう、おばあちゃんちの方向へスキップしていった。
 来年、「2年生になったよ」 と、寝起きのカメに報告しに来る女の子を、私も楽しみに待つことにしよう。

12月8日
 本格的な冬に向けて、書庫兼書斎の模様替えをする。といっても、そんなにたいしたことではなく、コタツの上に乱雑に乗っていた書類をどかして、コタツが機能するように少し場所をずらすだけだ。
 店主が小さなケーキの空き箱を手に取って、「これは何?」と聞く。「何でもないけど、とっとくものです」と応えて、コタツのはじっこに寄せる。
 ちょっとした思いつきを、そこらへんにあった紙(広告の裏とかメモパッドの反古とか)に書いた紙片が入っている。書いたところだけをちぎって入れるから、形も順序もバラバラである。
 このコーナーに書くまでに至らなかった花や虫との出会いや思いのカケラたちだ。
 でもたまに、同じことが再び巡ってきてこれが役に立つときがある。
 一ヶ月半くらい前、店主と横浜の「県立四季の森公園」へ行った。高低差のある森をハイキングして、湿原の木道に入ると、広場のようになったところで老夫婦が楽しそうに肩を寄せ合っている。その背中越しに店主が、
 「何かあるんですか」 と聞くと、「つりふね草の種ですよ」 と言う。
 木道に入る前、「つりふね草自生地」の看板は私も見ていた。ピンク色の可憐な花がたくさん咲いている。
 「おもしろいですよ。見ててください。」 と、おじさまが種にちょっと触れると、パッと種子がはじけ飛び、あとにはコイル状にきれいにカールした黄緑色の種のカラが残った。
 よく実った種を見つけては触る。何度やってもパンとはじける様が小気味よい。
 「私たちはもうたくさんやったから、どーぞ楽しんでくださいね。」 と老夫妻は先に歩き出す。
 こんな植物の生き方もあるのかと感心して、いくつか種を持ち帰り、小庭の中でも常に湿っているようなところに埋めてみた。
 名前を忘れないように、四季の森公園の地図に「つりふね草」とメモ書きをして小箱にしまった。
 時は過ぎ、今週に入ってから、あの時のつりふね草の種皮にそっくりなものが、小庭の足元に落ちているのに気付いた。それは毎日ひとつかふたつ、同じ場所にくるくる丸まって落ちている。
 初夏から咲きはじめ、12月になっても衰えをみせず意気軒昂に花をつけている紅白のインパチェンスの足元である。
 もしかして、とぷっくりふくらんだ種を見つめる。そして検索。 インパチェンスはつりふね草科の植物でした。
 今朝、ちょっと触れてみた。パンとはじけて、見る間に種は飛び散り、手元にはくるくる巻いた種皮が残った。
 うれしくて、以前に書いたつりふね草のメモ紙を取り出す。
 二つの出来事はこうして合わさり、メモ紙は小箱から出て、文章になった。

12月3日
 「12月3日か。1・2・3の日だ」
 今朝目覚めた時、1・2・3で元気よく起きよう、と布団の中で思った瞬間、足がつった。しかも両足。 ふくらはぎなら柱に足裏を押し付けて伸ばせば治るが、ひざの上と、ふくらはぎの横側という変なところがつってしまって、対処のしようがない。
 布団をかぶったまま、数分間を寝る前に読んでいた本の内容を反芻してやりすごす。
 「1・2・3」のはずが、そろりと自分の様子を見ながらの起床となった。
 朝晩の冷え込みに冬を実感する。飼いカメは先週から家にこもって、ほとんど眠っている。
 明日の朝、本格的に冬眠させることにした。小庭の隅に置いた冬眠用のバケツには、黒土でつくった泥んこに水がはってある。そこに、カメを入れ、あちこちで集めた落ち葉をたっぷりかける。身体のまわりには、昨日曳舟親水公園で拾った桜の葉をのせる。
 夏の間近所の子どもたちでにぎわったせせらぎも、今は水を抜かれ、乾いた水路に桜の葉がたまっている。日を浴びて光る葉をカメ用に持ち帰った。
 せせらぎ沿いの並木の桜は、夏は日陰を作り、秋は紅色に染まる。やがて葉は全て落ちて、公園に日なたをつくるだろう。そこに花がつくころ、カメも目覚めてまた外に出る。
 桜の葉の中で冬眠すると、カメの目のまわりや口もとはほんのり紅色に染まり、うっすら桜の香りがする。本人にはわからないだろうが、飼い主のちょっとした春の楽しみである。

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