ユーコさん勝手におしゃべり

3月30日
 午前中自転車で買い物に行くついでに、店主の脳内にあるさくら道地図に従って、ぐるりと区内さくら巡りをする。
 さくらが並木になっている通りはどこも、天に花、地に花びらの花盛りだ。この3月は気温が高く、チューリップもムスカリも芝桜も思い切り開花し、小鳥たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
 名のある公園は避けて、静かな普通の道をゆくだけで、目に耳に春が押しよせてくる。
 途中、木下川薬師さんへ寄る。私たちの前に自転車で来ていたおじいさんが、
「今日が一番きれいですね。明日くらいから散り始めるでしょうか。桜見物はにぎやかなのより一人がいいですね。今日はいい日和です。ゆっくり楽しんでください。」 と言って、杖を荷台に乗せ、三輪自転車に乗って行った。
 「今日が一番いい」と言ってくれる人は、いい人だと思う。
 せっかく何かを見に行って、「おとといまでは最高だったんですよ」とか「あさってくらいからが見頃でしょうね」と言われると、興をそがれる。咲き初めも散り際も、それぞれに見どころはある。
 藤棚では、つぼみをぎっしり付けた藤の花が、次の季節を待っていた。

3月22日
 書庫に本を取りに行く。
 朝の駅前で、コンビニの店員さんだろうか、ほうきとちり取りを持って周辺を掃除していた。
 道を一本入ると、民家の庭に大きな椿の木があり、塀の外に枝を張り出している。花をたくさんつけていて、塀の足元にも赤白ピンクの花と花びらが散り落ち、小さな庭の景色をつくっていた。
 書庫で本を抜き取った帰り道、さっきのコンビニ店員さんが、椿の家の門前に立っていた。そして、赤白ピンクの小さな山は、ちり取りの中にすい込まれていった。
 道路はきれいになり、花々は枝の上と、塀の前に建つ町会掲示板のひさしの上に残った。
 私がもし俳人なら、ちり取りに詰め込まれた ゆく季節 を、一編の詩にからめとれるのに、と考えながら、掲示板の小さなひさしの上につもった花柄を、何度も振り返って見た。

3月11日
 今日は午前中、店主と自転車に乗って、店の備品を買いに浅草橋まで出かけた。
 隅田川沿いを走り、浅草あたりにゆくと、ちょうど人力車の出車の時間帯で、店舗車庫から次々に人力車が出てきた。好天の週末とあって街も大にぎわいだった。
 用事と昼食を済ませた帰路、浅草の交差点を赤信号で止まっていると、
 「あのビルのモニュメントは何を表しているか、ご存じですか」 と観光案内の声が聞こえてきた。後ろに止まった人力車夫の声だ。交差点を越えた隅田川の向こう岸にはアサヒビールのビルとスカイツリーがそびえている。雑踏の中きれぎれに聞こえるやり取りのあと、
 「大学生なんですか」
 「はい。卒業なので、今日がさいごなんです。ラストランです!」 と元気な声が響いた。
 信号が青になり、人力車とは方向が分かれた。
 脚力と筋力に自信があれば、車夫のバイトは趣味と実益を兼ねている。舞台度胸と営業力も身につきそうである。性別も不問だ。
 背中越しで顔も名前も知らないけれど、心の中で、「卒業、就職おめでとう。」と、隅田川沿いを自転車で走りながら、学生アルバイトラストランの彼女の門出を祝った。

3月10日
 朝、チューリップの最初のつぼみがふくらんでいた。チューリップのつぼみは毎年飼いカメの冬眠明けの目安となる。
 昼間気温が上がってから冬眠バケツのフタをあけてみた。シーンと静かで活動の気配はない。
 バケツの中で泥田のようになった黒土にシャベルを入れてまさぐると、カメはうっすら目を開いておっくうそうに手を伸ばし、自分の顔回りの泥をのけてゆく。まだ眠そうなカメをシャベルで掘り出し、タワシでごしごし洗ってやる。店の横の道をゆく何人かの人が、
 「あら、起きたの。」 「大きくなったね」 とカメにあいさつしていった。
 カメの代わりに返事をして、きれいな水を張ったプラスチック水槽にいれてやる。気持ちよさげに手、足、首を伸ばして、鼻からプクッと空気を吐いた。今年も小庭に春が巡ってきた。

3月8日
 2月は逃げ月、あっという間に飛び去った。
 忙しさにかまけて梅見物もせぬうちに月がかわり、カウンターの上の小さな雛飾りを片付けた。
 昨日、せめて遅咲きの梅を愛でようと、横浜の大倉山梅園へ出向いた。香りを楽しみ、芝生にシートを敷いて、お弁当を広げた。
 地面にアリとアリの巣を発見して観察する。今年の働いているアリの初見だ。
 周りの木々に目をこらすと、数種の鳥がそれぞれの声で鳴いている。鳥の名を知らない自分を悔しく思う。
 茶色の蝶に目がとまる。素早くスィーっと、スピードに乗った紙飛行機のように飛ぶ。ちょっと遠くの花壇の杭にとまった。飛んでいると茶色だが、羽をひろげると黒地に水色ラインが美しい。羽にギザギザがあり、周りがちょっと欠けたように見える。
 「瑠璃タテハだ」
 以前森林ハイキングで出会った時に調べたことを思い出した。一直線にこちらに飛んできて、目の前をかすめてゆく。せわしく周囲を巡り、ふっと人の背中にとまって、飛び去った。
 その晩は満月だった。3月の満月はワームムーンというそうだ。
 今年の啓蟄は3月6日、7日がワームムーン、それを実感できる 良き梅見物となった。
 今朝は、堀切菖蒲園へ散歩に出た。菖蒲田はまだシーンとしているけれど、季節は着実に歩を進めていた。
 雪柳が純白の花をつけ、花桃は濃いピンクで枝を埋めている。そして、柳の新芽の先には可愛い花芽がついている。
 家に帰って、店横の小庭の手入れをする。プランターのひとつにハコベが混じっていた。いわゆる雑草ではあるが、けなげなつぼみをふくらませている。白い小さな花を咲かせるまで、このまま守っておこう。元気なデージーの茎に丸いものがついている。花芽かと思ったら、カタツムリだった。今年初見だ。みんな地面から出てきたんだな。
 ねぼすけのうちの飼いカメも、そろそろ冬眠明けの準備をしようか。

2月のユーコさん勝手におしゃべり
それ以前の「おしゃべり」