ユーコさん勝手におしゃべり

12月30日
 天空に上弦の月。
 日没からしばらくして、まだ青い空高くに、スイカをまっぷたつに切ったような半月のお月様があった。閉店作業をする時の明るさで、日が少し長くなってきたのを感じる。
 寒くて乾燥した晴天が続いている。典型的な冬型の気圧配置だ。
 26日の夕方、南西の空低く、三日月がのぼった。このころから年末まで、夜空に金星・水星・土星・海王星・木星・天王星・火星の七つの惑星と月がズラリと並ぶのだと、インターネットニュースが教えてくれた。 私の裸眼で見えるのはせいぜい火星・木星・土星くらいだけれど、この日から、毎日店を閉める17時から夜半にかけて、時折空を眺めるのが楽しみになった。日を追ってちょっとずつ月が太くなってゆく。
 昨29日は、南天に輝く木星のすぐ下に、更にふくらんできた上弦前の月があった。
 そして今日の上弦の月。夜、部屋の電気をつけずに南の窓を開け、空を見る。冬の空は、御用納めも終わってますます澄んできたようで、見える星の数がぐんと増えた。空気の冷たさにすぐ窓を閉めたが、青や白や橙色の星の位置を心にとめて、パソコンで星の名の答え合わせをした。
 花も虫も、名前がわかれば友だちだ。まったく苦手だった星の名だけれど、この年末年始に、もういくつか知り合いができるといいなと思っている。

12月23日
 昨夜、店主がパソコンで古代文明に関する鼎談番組を見ていた。私は画面は見ていないが、隣室からもれてくる音声だけを耳にしていた。
 現代の技術をもってしても作りえないエジプトのピラミッドや、ナスカの地上絵群…、宇宙からやって来た人(?)の仕業ではないか、という者がある。
 様々な説があり、どの説も確証がない(から盛り上がる)。

 今朝、起きて身支度をしながら壁の書棚を眺めた。店といわずプライベートスペースといわず、書棚は三階建てのこの建物中にそびえる。階段横も踊り場も天井まで本で埋まっている。
 この中の三分の二、イヤ四分の三の著者や当事者は、もうこの世にいない。
 自分の祖先を遡ってみれば、祖父母までは記憶にあるが、それ以前の人は名前も顔も全然知らない。ほとんどの人がチリと消えてゆく中に残った人の、遺灰のような本たち。
 淘汰され、収れんされ、何冊かは、百年後も残るだろう。
 ふと、夕べのピラミッド鼎談を思い出す。
 「宇宙人すごい」っていっても、すごい宇宙人もいたけど、何にもならなかった宇宙人もいたはずで、それじゃ結局、今の地球人と一緒だ。
 宇宙から来たのか、はたまたタイムマシンで未来から来たのか、今いる人類とは別の種の人がいたのか、わからないけど、残ったものはこれだけで、あとはチリの中に霧散した。

 そして、今晩も私は、書棚から一冊ぬいて、残った人が遺した昭和を、読む。

12月18日
 ダンダンダンと音をたてて気温が下がってゆく。
 昼間は陽ざしのぬくもりが感じられた日も、夕刻近くになると一気に冷え込む。まるで自分の周りの空気が凍ってゆくようだ。
 昼の暖かいうちに、三菱一号館美術館へ「ヴァロットン—黒と白」展を観に出かける。
 地下鉄の二重橋駅を出ると、街はクリスマスだった。夜の丸の内のイルミネーションは有名だが、昼も様々に飾られ、美術館へ続く庭では秋の名残のバラの花もいいアクセントになっている。
 大きなカメラを構える人と被写体になる人が、日曜の明るい日差しを受けてクリスマスムードをつくり上げていた。
 レンガ造りの美術館内は一変して静かで、階上の窓から庭園が見える。姿だけで声は聞こえない華やかな人の群れが絵のようだった。
 ヴァロットンの作品はちょうど100年前にフランスで生み出された。今回の展覧会は、主に木版画の作品群で、階調のない黒と白だけで構成されている。
 100年の時の流れを感じさせない。まるで「今」だった。1901年に出た雑誌の挿絵を集めた「罪と罰」で、警察とデモ隊が描かれる。
 「自由、と叫んでいました。」と逮捕される人が、いろんな方向を向いて日常をおくっている群衆の画とともにさらりと描かれる。
 黒と白の画面では、微細な表情や音声は想像力で補われ、どの国にもどの時代にもなれる。数年前の香港にも、つい最近イランで「自由」を語り逮捕された女優さんの姿にもみえる。
 ヴァロットンは1865年にスイスで生まれ、16歳でパリに渡り、1925年に亡くなった。万国博覧会にうかれ、花火を見物する人々を、ちょっと引いた目で活写した。
 遺作は従軍画家として第一次世界大戦を描いた『C'est la guerre(これが戦争だ)』だった。ポートフォリオの表紙は、白地に黒文字で表題が書かれ、左上に血しぶきに見える赤色の点々がとんでいる。
 むらのない黒と白の世界の中で、この赤色は生々しく、会場を出ても目の奥に残る。
 その後、出たついでに別の展覧会にも寄って帰った。いつもなら展覧会のはしごをすると、上書きされた記憶で、前にみたものの感想は薄れてしまうのだけれど、ヴァロットンは別格だった。
 大きくとられた黒の部分に隠された皮肉な顔が、私の中で増殖されてゆく。次の展示があれば、また見たいと思う よい出会いだった。

12月4日
 カメは冬眠。
 比較的暖かかった秋を越え、師走に入ると急に寒さがやって来た。用意はしていたものの先延ばしにしていた冬支度をバタバタと完了させる。
 飼いカメの冬眠バケツは、11月のうちに黒土と水がこねられて、にわか水田になっている。家の中で布団にくるまっていたカメを外に出し、バケツの真ん中に入れる。少し薄目を開けたカメに、「おやすみ」と声をかけ、上から落ち葉をふんわりかける。
 神宮外苑のイチョウ、都立水元公園のメタセコイア、各所の桜にモミジ、ハゼ、けやき…。色とりどりの落葉布団でカメはすっかり見えなくなる。暖冬の時には、冬眠バケツの中でゴソゴソ動く音のする年もあったが、今年は静かに眠りについた。春までそのままの姿勢で熟睡するつもりらしい。
 日没が早くなった。今週が一年で一番日の入りの早い週となる。寒さはこれからが本番だけれど、日中の短さは22日の冬至で底を打つ。
 「冬来たりなば 春遠からじ」
 さいごの一枚になった今年の壁掛けカレンダーの下に、来年のカレンダーを仕込んだ。

11月のユーコさん勝手におしゃべり
それ以前の「おしゃべり」