ユーコさん勝手におしゃべり

7月25日
 朝からむごいくらいの陽ざしだ。
 なるべく日陰を通って駅の方へ向かう。郵便局への道すがら、駅前の信号が赤だったので、駅舎のつばめの巣を見上げると、もぬけのカラだった。
 少し前まで4つの小さな顔が並んでいたが、2・3日前には狭い巣から乗り出し始めた。全身を見せ、巣のはじに足をかけ羽ばたいたりもしていた。おととい、常にいるのが3羽になった。昨日も3羽は並んで、親が運んでくるエサを待っていたが、今朝は、巣のあったところの下に無数のフンが落ちているだけだ。
 先週からセミも鳴き出して、昨日近所の公園でひとつ、今朝は家の小庭の前にひとつ、抜け殻が落ちているのを見つけた。人間たちは異常気象と騒いでいるが、セミも夏の草花も、例年のカレンダー通りにやってきた。
 昼間、も一度つばめの巣を見上げる。やっぱり もういない。
 向かい合わせに並んだ大小のつばめの巣、大きい方で1回目、小さい巣で今夏2度目の子育てを見せてくれた。
 空の巣症候群ということばが浮かんで、何の世話をしたわけでもないのに淋しくなった。

7月18日
 カメは何でも知っている。としか思えない。
 7月12日の朝早く、ドアを開けて小庭に出ると、水桶の中にカメの卵があった。
 今回はきれいに10個が並んでいた。カメ自身は水から日なたぼっこ用の台に上がっていたが、後ろ足をぐっと伸ばしたり縮めたり産卵の後でまだ体内が落ち着かない様子だった。
 産みたての卵を水からすくい上げて、水をとり換えてやる。
 今年1回目は、異例の梅雨明け猛暑のはじまる日だった。今回は晴天続きが終わりを告げ、嵐ともいえる大雨の直前の産卵だった。この天候変化、カメはお見通しだったのか?
 当初自分のことで精いっぱいだったカメは、私が花壇の手入れをしている間に体調が戻り、水桶から水を飲んではこちらを見つめ、空腹を訴える。
 「産卵したよ」と呼ばれた店主が、出産祝いに冷凍アサリを解凍して持ってきた。10個の卵をはき出してカラッポになった体内に、カメは大急ぎで、アサリと更に追加のエサを詰め込んだ。
 その後、食事の終ったカメの横に卵を並べて写真を撮った。孵ることのない無精卵だが、数々いるカメの友達の話のタネのために、プラスチックケースに入れてしばらく小庭に置いておいた。
 早朝に産卵した日の午後、雨が降り出し、夜には警報級の大雨になった。あれから雨ばかり降っている。
 例年なら今頃がちょうど梅雨明けの時期になる。毎日日本のどこかにかかっている線状降水帯というやつも、そろそろ退散願いたい。
 久しぶりに晴れ上がった海の日の祭日、自転車で浅草橋の問屋街まで店用の文具などを買いに出た。隅田川沿いの公共プールから、子どもたちの歓声がわき上がっていて、「夏」を実感した。


7月7日
 堀切菖蒲園駅の駅舎につばめが戻ってきた。ここ2・3日、駅前のガード下を飛び交うつばめの姿をみかける。
 今季2度目の子育てが見られるかもしれない期待に胸がふくらむ。
 国境も覇権もないつばめに、世界はどのように見えているのだろう。
 昨日、横浜の神奈川近代文学館へ、「ドナルド・キーン展」を観に行ってきた。同館の展示は毎回とても見易く、念入りな展開で見ごたえがある。入口の紹介ビデオもよくできていた。
 おだやかな笑顔で、様々なものを平らかに受容し、世界文学の中の日本文学を愛した。
 そして、その渦中に居たものとして「戦争だけはいけません」と言った。今年が生誕百年目だという彼がまだ存命なら、現在の状況を何と語り、どう行動するだろうか。
 ドナルド・キーンの世界の広さに感服し、改めて自分の卑小さに焦りにも似た気分を覚えた。「あれも読んでいない これも読みたい」と、周りに存在するのに手に取らずに通り過ぎてしまった本たちのことを考える。
 今朝、昨日のキーン展も一緒に行った店主と、荒川土手に散歩に出かけた。店主がカメも連れて行くと言い、自転車の前カゴに飼いカメをのせた。広い土手の原っぱでカメを放すと、きょろりと周りを見渡してから、トコトコと歩き出した。好奇心旺盛な鳩たちが、「何だ 何だ」と飛んできてカメをしばらく見ていた。
 私は、てんとう虫のさなぎをひとつと、さなぎから出たばかりの小さなてんとう虫(まだまん丸でなくて細長い)を見つけて、小庭に持ち帰り、昨日文学館の近くのホームセンターで買った花苗の中に放した。キーン記念の小さな夏が育ち、私に「今日は何をしたか」と問いかけてくれるだろう。

7月4日
 6月末、異例の梅雨明けに続いて異例の猛暑がやって来た。
 暑くてたまらない時は、北上して標高をあげればよい、という例年の方程式が、今年はあてはまらなかった。
 東京から東北自動車道を北上するということは内陸に向かうということで、早朝に出ても、陽さえのぼれば ただただ熱い。
 店主とバイクでいろは坂を上り、別天地の奥日光・湯ノ湖へ行く。夜明け頃、お客様に送る本を郵便局に出して出かけ、帰宅後に受注梱包作業をする日帰り避暑ツーリングである。
 標高をあげて高原にいる間は極楽で、半日 虫の観察をしたり、寝転んで本を読んだりする。 問題は帰り道、山を下ると、関東で イヤ日本中でも一番暑い地域を通ることになる。
 風を切ってバイクに乗っているのに、夕刻を過ぎても吹いてくるのは熱風だった。昼は暑くても、朝晩は涼しいはずの郊外も、猛暑であたたまった地面には勝てなかった。
 こうして一週間続いた猛暑が、一段落した日曜日の朝、天気予報を確認して、久しぶりに店主が自転車を出した。自転車で荒川土手を海まで下る。
 少し前までは、てんとう虫を見つけながらのサイクリングだったが、今てんとう虫は夏眠中で気配を消している。
 真冬は冬眠、真夏は夏眠のうらやましい体質で、今回は期待していなかった。しかし習い性でついつい草叢に目がいく。すると、たくさんのさなぎを発見した。さなぎの乗った葉っぱごといくつか袋に入れた。前回土手に来た時は幼虫を持ち帰って小庭に放していた。
 暑さがおさまってからの楽しみが増えた。
 徐々に強くなる向かい風に抗って走ると、帰りは風にのって楽ちん走行になる。と、上機嫌でペダルを踏んでいたが、帰りは風にのって小雨がおちてきた。
 猛暑の次は、台風が来るのだという。
 まこと厳しい、7月のはじめである。

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