ユーコさん勝手におしゃべり

3月31日
 3月末だというのに、ゴールデンウィークのような陽気になった。ポカポカと陽ざしが降りそそぐが空気は乾いていて暑苦しくない。
 青い空に満開の桜がひろがり、地面もほんのり桜色に染まっている。木々が初々しく芽吹き、晩冬から初夏までの草花が博覧会並みに咲いている。
 椿がまだ色香を保っているのに、八重桜やつつじも、シャクナゲまでも開き出した。
 家にじっとしていろ と言われる春も2年目だが、今年のこの陽気は特別挑戦的だ。何かを見にちょっと表へ出たくなる。
 どうしたら密を避けられるか、どこへ行けば罪の意識薄く、のんびり景色を楽しめるのか、頭を悩ませつつ、近隣の公園や川土手へ向かえば、どこも満面の花盛りだ。どの瞬間にも、視界にはらりと散る花びらが入ってくる。 今日は近所の公園で舞い落ちた桜の花びらを拾い集めた。
 昨日も今日も、公園には正装にランドセルの子どもとスーツにカメラの両親が、入学式写真の早撮りをして、咲き急ぎ散り急ぐ桜を画面におさめていた。撮影が終わって、ランドセルを背負ったまま早速遊具の方へ駆け寄ってターザンロープに手をかけた子を、両親が呼び戻す。まっさらのスーツとランドセルが汚れちゃうもんね。子どもも渋々従っていた。
 敷物もお弁当もない公園の、今年ならではの春の光景だ。
 帰宅して、ビニール袋に入れた手のひらいっぱい分の薄桃色の花びらを、飼いカメの水おけに放った。染井吉野はもう散り際だが、明日の分は、まだ袋に入っている。

3月18日
 春が加速する。
 飼いカメは、9日に冬眠バケツから掘り出した。バケツを開けて落葉をどけても、シーンとしていて、まだ熟睡のようだった。シャベルで泥をかきわけると、迷惑そうに顔を上げた。
 掘り上げて水シャワーで洗う。半年泥パックしていた甲羅はつやつやだ。小庭に放すと、さっそく、「あら、カメさん出てきたの」 と声がかかり、まだ眠いカメにも、いやおうなく春はやって来た。
 その後、気温が20度に近くなった日、エサを鼻先にもっていってみた。口を開けたが、含んだだけで食べなかった。それから1週間たって、お刺身のかけらをあげると、ほんの少しだけ口にした。今年のお食い初めだ。記憶は残っていて、飼い主もわかるし、家の間取りも覚えているのに、消化器官だけは毎年生まれなおす。柔らかいものを一口からはじめて、気温が25度を超えると成長はピークで、「何でもおいしくいただきます‼」 という。
 夏には産卵もするし、カメは 家内で最も、季節の移ろいと共に生きるもの、だ。

 小庭の改装をした店主は、「これで完了」と、満足そうに見渡して工具を片付けたものの、一晩寝るとアイディアがわくようで、またひとつ、もう一工夫、と毎日少しずつ手を入れている。去年から何度かグーグルマップの車が通ったらしく、グーグルマップの画像が途中経過を写している。今の形ともちょっと違っていて、見ていると間違い探しができる。

 プランターのビオラは、花の新陳代謝が早くなった。暖かくなるとどんどん開き、花がらの数も数段と増える。
 朝ひととおり摘んでも、昼にはもうしぼみかけが目に入り、ポチリとたおる。外に出るたびに、どっさり咲いた花の中にちょっと指を入れては、次の花の場所をつくる花がら摘みに追われる。今朝、プランターの中にムスカリのつぼみを見つけた。何につけ初見はうれしい。近所の公園へ行っても、そのたび発見があり、目も耳も鼻も忙しい。
 今日は、純白に群れ咲く雪柳の中に顔をうずめて、その清かな香りを知った。

3月8日
 昨秋 小庭のリフォームがすんでから、一冬が過ぎた。
「カメは冬眠しました。また春になったらあいにきてね」 という立て札をさしてあるプランターの中で、チューリップの芽はぐんぐん伸びている。寝坊助のカメはまだ冬眠バケツの中で惰眠をむさぼっているが、小庭の花々はにぎやかに春を謳歌し始めた。
 もう完成といっていた庭の工作だったが、先日店主が、「思いついた」と言って、またホームセンターへ通いだした。
 材木を買い込み、ペンキを塗る。店番の机の上には何枚も設計図が置いてある。何かわからないが、思いついた店主を誰も止められない。
 やがて小庭には、今までより一段高い透明トタンの屋根がついた。梁も入り、収納やハンギングに使い勝手がひろがった。 「これでカメの庭の準備も完了で、あとは次の好天を待つばかり」だそうだ。
 おととい、江東区の松尾芭蕉記念館へ行ったら、庭の築山の上の水だめに深いこげ茶の大きなカエルがいた。水から半身を出し堂々としているので置物かと思ったが、顔をぐっと近づけると水に入った。
 芭蕉の庭でカエルが水に入る音を聞く幸運に、ほほをゆるめ、また出てくるのを待つ。再び顔を出した時、築山の下でお庭のお掃除をしていたご婦人に上から「ここにカエルが いますよ」と声をかけると、築山を上って来て、
 「ああこれはオスの方かな。よくいるんですよ。メスはもう一回り大きいです」とほほ笑む。
 時はまさに啓蟄。今日は冷たい雨降りだが、次の好天にこそ、うちのカメも起こそう。

3月1日
 「ほんとは しまなみ海道を走りたい」
 数年前から店主は瀬戸内のしまなみ海道へ自転車旅に出かけたがっている。何かと先延ばしにしているうちに、コロナウィルスがやってきて、去年・今年はかなわぬ夢となった。
 でも近場でも走るところはいろいろある。店主は暇を見つけては、地図を読み込み、ルートを采配する。
 今日は朝が北風、その後南風の予報だったので、行き先は風に乗って南下と決まった。荒川を海方向へ進み、橋を渡って木場の町へ。 新木場の材木問屋さんのやっている食堂でお弁当を買い、海沿いの公園へ出る。
 背中に海を背負ったヘリポートの前のベンチで、豚汁付きのお弁当をひろげる。海の対岸は千葉方面で葛西臨海公園やディズニーランドが見える。目の前のヘリポートには、昼前とあって、次々とヘリコプターが着陸してきた。
 土手も公園の野辺もホトケノザが花盛りで、ところどころピンクのじゅうたんになっている。
 平日の午前中、行き交う人もほとんどいない公園で、ゆっくり腹ごしらえをして、また自転車に乗る。海沿いのサイクリングロードから橋を渡って、夢の島 若洲海浜公園に入る。この日ヨットハーバーはお休みで、駐車場もコロナで閉鎖中だった。
 左手に海、右手にゴルフ場のサイクリングコースを行くと、海釣り突堤に突き当たり、目の前頭上に巨大なゲートブリッジがあらわれる。
 海を越えた先は羽田空港で、車列の連なるゲートブリッジの上を、飛行機が高度を下げながら飛んでいく。橋の下には貨物船がこちらに向かって航行していて、「まもなく、接岸します」と拡声器の声がした。
 左側は広い海、前方で着々と地面を造っている埋め立て地の右側には、ニョキニョキとビル群が見える。まるで、かつて絵空事だった未来図の景色だ。
 ゲートブリッジは、キスしたい2頭の恐竜が次第に距離を縮めていくように、両端から建て進んでいったのだった。ビル群の向こうにあるスカイツリーは、自分を編み上げるように下からせっせと背を伸ばしていった。どちらも、完成してから9年たった。こんなに作ったのに、まだまだそちこち建設中だ。
 当分、しまなみ海道へは行けそうもない。 でも海はどこまでもつながっているのだし、今日見た景色も時がたてばまた変わり、同じ場所でも新鮮に見ることができる。そう思って海を眺め、水鳥にいやされて帰途につく。
 帰りは天気予報通り、南風が強くなった。電動アシストならぬ風動アシストで、自転車が楽に進む。
 無事に半日45キロの旅を終え、
 「ほぅらね、予定通りだろう」
 と店主が得意気にほほえんだ。

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