ユーコさん勝手におしゃべり

11月30日
 きれいな落葉を拾っては貯めている。
 飼いカメの冬眠バケツのフタを開けたら、こうばしい香りがした。
 遠くへ行けない今年は、近場の都立公園や区立公園で、少しずつ葉を集めた。
もみじ、さくら、イチョウ、錦木、南天、マンサク、藤、ザクロ、アオギリ、ラクウショウ、ポプラ、ハナミズキ。色も香りも素敵な、枯葉ブレンドになった。
 12月に入ったら、このバケツに黒土と水を入れて小さな人口の沼をつくる。カメはその上に落葉の布団をかけて寝る。
 カメは今、ご隠居暮らしだ。
夏の間は一日中外にいて、道ゆくご老人方を慰め、子どもに秘密の楽しみを提供してくれた。(「ここにカメいるんだよぉ」 とお家の人や友だちに教える声を何度も聞いた。)
 秋になり朝晩冷えてくると、夜は家の中で、半隠居生活に入った。
 そして、先週には、「もう一日中寝ていたい」という状態になったので、外勤を終了した。自分の陣地に入り込んでじっとしているけれど、まだ熟睡はしていない。たまに行水させると、水から頭を出して様子を見ている。
 それもあと数日のことだ。
 今日、店を閉めるとき、店主が、
 「月がきれいだよ」 と、店内にいる私に声をかけた。満月の上方に薄い冬の雲が走っていた。次の満月になる前には、カメは冬眠バケツの泥の中に入り、石のように深い眠りにつくだろう。
 カメがいなくなった小庭にチューリップの球根をたくさん埋めたプランターを置いた。冬が来るということは、春も来る。早くワクワクの芽が、出るといいな。

11月21日
 紅葉の季節である。
 そわそわと落ち着かないのは、飼いカメの冬眠が近づいているからだ。
 「今年の冬眠布団は 何にしようか」 と店主と話す。
 「桜だと、春起きて冬眠用バケツのふたを開けた時、ふわっといい香りがするよね」
 「甲羅も色つやが良くて、顔も目のふちや口元に紅をさした感じになる」
 「イチョウも殺菌効果があっていいらしいよ」
 「色なら、モミジバフウの赤がきれいだよね」
 「メタセコイアでふんわり包むのも…」
 話しているうちに、季節は進み、飼いカメを外に出す時間は短くなった。朝誘っても、自分の居場所から出てこなくなり、北風の吹く日は終日家の中だ。
 冬眠にはまだ早いが、少しずつ、落葉を拾い、小庭のカメスペースに撒いてみる。
 先週は、都立水元公園を自転車でぐるりと周って、モミジバフウと桜を持ち帰った。小庭の水桶に入れると、カメは、昼間水に浮かぶ赤い葉の間から首だけひょっこり出して過ごし、午後日が陰ってくると、葉の中に潜り込む。
 夕刻、店主に体をきれいに拭いてもらって家に入ると、イソイソといつもの自分用ブランケットに身を包んで寝てしまう。
 今週は、鎌倉文学館へ「川端康成 美しい日本」展を見に行った。その日、9時の開場時間に客はだれもおらず、文学館まるごと貸し切りだった。
 庭園で秋バラの香りを楽しんでから、館内に入る。川端の年譜をたどるうち、文学史の教科書の中の人だった川端が、一人の孤独な人間として立ち上がった。「美しい日本」の書の中に、彼が愛した美術品や先に逝った人々への弔文原稿の中に。「もう一度、読まなければならない」と思わせる展示だった。
 コインパーキングにとめた車に戻り、持参のおにぎりを食べ、裏大仏ハイキングコースをのぼって、くだる。山はまだ紅葉には早く、木々は元気に光合成していた。途中、公園の大きな銀杏の木が黄金色の葉を散らしていたので、拾ってカメのお土産に持ち帰った。
 由比ガ浜海岸に出て、海辺を少し歩き、昼過ぎに帰路についた。
 カメの水槽はにぎやかになった。水槽の色が増すほど、カメは静かになる。今朝も、声をかけると半眼をあけたものの、ボーっと再び眠ってしまった。
 私は、カメの眠っているブランケット山のとなりの机で、古い川端の旺文社文庫を読む。
 木々が裸になるころには、カメは戸外の冬眠用バケツで春まで熟睡する。
 小春日和が続くうちに、また落葉を拾いに行こう。

11月14日
 夜、店主がパソコンで音楽を流し、それに合わせて鼻歌を歌っている。曲は昔の懐かしいメロディだ。
 ♪たぁだぁ おまえがいい〜♪ 小椋佳の優しい声が、聞くともなしに聞こえてくる。
 ♪ただ お前がいい 落とすものなど 何にも無いのに♪ ときて、
 ♪でんごんばんの 左の端に〜♪ のところで、何ということもない日常が急に破れた。ブッと吹き出して笑いが止まらない。店主の感情がのって、Denの音にアクセントがついたのだった。 小椋佳のようにそっと歌えば聞き流してしまうが、「伝言板」という音は、意味を超えて力強い。 Den Gon Bang ! だ。
 決して店主の歌を笑ったわけじゃない。笑いの理由を説明せねば、と私は思った。
 「もし、ここに何か新しい物体なりアプリなりができ上り、まっさらできれいなそれに名前をつけるとして、デン ゴン バン、はないよね。この音のつらなりは、貴景勝の押し相撲なみの破壊力だよね」 という。
  「うーん」 と店主はなかば納得。
 それから、頭の中は、歌と音、意味と音がぐるぐるまわった。
 Den Gon Bang は、四角く堅い物体だ。伝言と板という必要上の結合からできたことばで、音に重きはない。
 同じような力強さをもつことばに、「大権現」がある。 Dai Gon Gen だ。 Die Gong Geng とも書ける。何か強そうだし、霊験あらたかな感じがするな。
 「大権現さまに頼んでおけば 大丈夫」 みたいな…。
 音の持つ力と発音の仕方で、頭に浮かぶイメージはくるくるかわる。
 「ぼっこぼこにしてやる」 とすごまれれば怖いが、
 「ほっこほこにしてやる」 といわれたら、あったかい。
 ふと耳にした鼻歌から、一夜たち、朝起きても、頭の中はまだ音を探している。
 音遊びのおもしろさに、2・3日は、目に入ってくる活字や看板で楽しめそうだ。
 まったく個人的な、小さなマイブームである。

11月2日
 11月に入り、秋も深まった。
 夏から取り組んできた店横の小庭の再構築も、ほぼ完成し、あとは植物の成長を見守るばかりとなった。
 店角の三角地帯に飼いカメの居場所も出来上がったが、肝心のカメ本人が寒さに弱い。カメにあいさつして通るのを楽しみにしているカメの友達(幼児とご年配の方が多い)のために、カメの勤務時間は今のところ9時から5時だが、3時を過ぎると落ち着かなくなり、4時には家に入れてくれとねだるようになった。
 夏の夜は水桶の中にもぐって眠るのだが、今は、4時過ぎると水につかり、
 「はい、家に入る前に体洗って待ってますので、よろしく」 と、首を伸ばしてドアの方を見ている。
 今カメは27歳。
 「長生きして、どんどん頭がよくなっている気がする」 と店主は言う。
 家の間取りはすっかり把握していて、夕方2階に上げると、ひととおり見回りをした後、自分の陣地(と数年前に自分で決めたところ)へととっとと潜り込む。
 朝、「おはよー。出勤だよ」 と起こすと、フ〜っと大きく鼻息をついてあいさつを返す。
 すでに1ヶ月エサも食べていないので、そろそろ冬眠準備を始めなければならない。
 さて、今年はどこの落ち葉で、何色の冬眠布団をつくろうか。

10月のユーコさん勝手におしゃべり
それ以前の「おしゃべり」