ユーコさん勝手におしゃべり

10月26日
 チッキョチッキョ チチ チッキョ
 朝、三階の窓の外から甲高く澄んだ鳥の声がする。昨日の台風並みの暴風雨から一転、空は青く日差しがひろがっている。
 声に誘われて、すりガラスをそっとあけて、隙間からのぞくと、電線に雀が一羽とまっていた。たった一羽であれだけの声を出していたのか。電線とその上の変圧器の間を上下左右にチョンチョン動き回り、やがて変圧器の下のパイプに頭を突っ込んで、ひと鳴きして出てくると、どこかへ飛び去った。
 夏の間は自由に暮らしている雀たちだが、秋から春は 自分を守る場所が必要になる。変圧器の下パイプは、営巣にもエサの貯蔵にもちょうど良いらしく、今年もやって来た。店の三階の窓を開けると、細い道路を挟んで目の前に見えるので、いつも姿と声に癒される。
 連続した台風のおかげで散々の雨に悩まされた10月を、なんとか乗り越えた雀たちが、来春もかわいいヒナに恵まれますように。

 そして、当家の飼いカメである。夏の間はずっと外の小庭にいて、道行く人を眺めたり、道行く人に眺められたりしていたが、気温が下がり、このところエサを食べなくなってきた。寒い晩や雨の日は、店主が体を洗って家の中に入れている。
 「勝手知ったる我が家だし」 とカメは自分の気に入りの場所に向かい、とっととカメ用のあったか布団にもぐりこむ。
 今回もカメは、雨の降る前に店主に保護され、昨日は一日布団にくるまっていた。天気も回復して気温も上がった昼過ぎに、カメを布団から引っ張り出し、
 「こんな天気の良い日はひなたぼっこしないとね。」 と私がカメを外に出した。カメの布団を片付けていた店主が、
 「オーイ、たまごうんでるぞ」 と家の中で叫んだ。
 「えー、まさかぁ」 と店内に入ると、店主の手にはカメのたまごが一個のせられていた。長さが4センチで幅が2センチくらいの細長い白いたまごである。カメの布団に入っていたという。いつも夏に合計20個ほどを産卵するのだが、10月のおわりに、布団の中でうんだのは初めてで、びっくりした。
 今年の気象の乱高下のためだろうか。1個だけだが特大サイズであった。孵ることのない無精卵なので、「シッポちゃん」とカメの本名を呼んで遊びに来る近所の子どもに見せるくらいしか役には立たないたまごだが、
 「なんだか、よくがんばったね」 と、ケロリとしたカメの背をなで、なぐさめた。
 もうすぐ11月だというのに、夏の終わりをひきずったまま、雨の多かった10月が過ぎてゆく。

10月7日
 開店の時、店の前を掃いていたら、足元をひらりと小さな蝶が通り、小庭のプランターにとまった。見たことのない蝶だ。三角形の黒い羽に白いラインの裾模様が一本入っている。
 縦長の二等辺三角の羽の上に ごく小さな赤い頭部がついていて、そこから黒い羽飾りのような触覚がV字型に二本出ている。
 ドレスを着た社交ダンサーを思わせる。飛ぶとそのドレスがふわりとひらいて白ラインが可愛くゆれる。
 均一台に本を並べ終えた店主を
 「ねぇ ちょっと来てみて」 と小声で呼んで、まだプランターにとまっていた蝶を紹介した。
 店に戻って調べると、ホタルガ という名前だった。出現は5・6月と9月と出ていたので、今年はこれが初見で見納めかもしれない。
 しばらく仕事をして、本の発送のために郵便局に行き、帰ってくると店のガラスドアの下の方にとまっていた。
 きれいだと ほめたからわかったのかな。
 ネットで幼虫の姿も確認した。来年も会えるといいな。

10月5日
 今年の9月は、天候に振り回されているうちにあっという間に過ぎ去った。今朝になって、毎年楽しみにしている萩のトンネルをくぐっていないことに気付いた。
 向島百花園のホームページを見ると、明日まで萩まつりだと書いてある。さっそく自転車に乗って、向島百花園へ名残りの花を愛でに行った。
 すすきの穂があちこちに揺れて、向島百花園は秋の盛りだった。萩は定番の赤紫が終わり、白花がメインになっている。萩は土手や公園でよく見る花だけれど、トンネルに仕立ててあると、格別である。木洩れ日の中に可憐な花のついた柔らかな蔓が垂れ、ひとつの宇宙をつくっている。
 園内を行ったり来たり、同じトンネルを4度くぐって今年も満足した。
 萩のトンネルの近くで、明るい濃黄色が目についた。
 「金色の彼岸花がある。」
 と近づいたら、カメラを持った女性が、
 「ショウキスイセンです」 と教えてくれた。
 「水仙なんですかぁ。そういえば、彼岸花とは花びらの幅がちょっと違いますね」
 「そうですね。彼岸花ではないんですよ」 と うなづいた。
 帰宅後、調べると、「鍾馗水仙」という名前だった。彼岸花と同じ様にひょろっと上向きにでた花弁が鍾馗様のひげに見えなくもない。が、水仙というよりユリに似た華麗な花で、鍾馗様のイメージとはかけ離れている。
 すぐに忘れてしまう花の名前も多い中で、イメージと離れているがゆえに記憶に残る名前のひとつになりそうだ。

10月4日
 ふと見上げると、三日月が輝いていた。
 温帯低気圧に変わった元台風の余波で、昼間は強い風が吹いた。雲は風に飛ばされ、10月だというのに日ざしは鋭く 真夏並みの気温になった。
 北風と雨の午前から、南風・日照りの午後を過ごし、身体はぐったりしていた。休む間もなく働いた一日の終り、おもての均一台の本を片付け、店に入ろうとした時、まるでごほうびのように、その月は空に浮かんでいた。
 「明るいねぇ」
 「風が強かったからだね」
 と店主と、月を見ながら店内に戻った。
 秋は月がきれい。
 当たり前のことを思い出した。昼間は暑かったけれど、着実に秋は やってきている。
 先日堀切菖蒲園に散歩に行ったら、今まで何もないと思っていた奥の池で、黄色いアサザと薄紫のホテイアオイが満開だった。天候不順でも律儀に彼岸の入りに開花した彼岸花は、暦どおりに もう終盤になった。
 とはいえ、無情の台風一過で、明日も気温は33度まであがるそうな…。

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