ユーコさん勝手におしゃべり

9月22日
 「ワールドカップなんだ」 といきなり実感した。
 夜8時頃、JR川崎駅京浜東北線の上りホームで電車を待っていた。列車到着を知らせる電光掲示板には、「横浜ブルーラインはラグビーの試合終了に合わせて臨時電車が出ます」と表示されていたが、川崎駅のホームは通常と変わりなかった。まもなく横浜方面から列車が入ってきた。
 車内は、がたいのいい男性がやたら乗っていて、車体と人の大きさのバランスがいつもと違う。ドアが開いて車両に入ったら、言語も人もロンドンの地下鉄に乗ってるみたいだった。
 乗客の半分は試合帰りのグループらしく、興奮が車内を明るくしている。三人がけの席のはじっこ一席が空いていたので、そこに座り、文庫本を出していつものように読み始めた。
 太っい腕でスマートフォンの画面を見ている隣の二人からは、時折
 "England !! " ♪オッ オォー♪
 という声が聞こえる。
 品川駅で彼らは大挙して降り、車内はいつもの日曜の晩の様相になった。
 帰宅して、新聞のスポーツ欄を見ると、今日昼は、横浜でアイルランド対スコットランド戦、夜電車に乗っている時間帯は、札幌でイングランド対トンガ戦が行われていた。
 なるほどそんなわけで、京浜東北線がロンドンの地下鉄化したのだ。来年のオリンピックの時も、その日の競技や出場国によって、街の色が変わって見えたりするのかしら。
 ちなみに今朝、日暮里からJRに乗った時は、日暮里、鶯谷、上野と各駅が谷中霊園の横を通るルートなので、花を持った人が多くいて、日本のお彼岸に浸って列車に揺られたのだった。
 朝と夜、いつもと同じ路線で、いつものようにうつむいて本を読みながら、いつもとちょっと違う空気を楽しんだ。

9月19日
 私が本を読むように、店主は地図を読む。私に好きな作家タイプがあるように、店主には好みの景色や道がある。
 仕事の段取りは自分で決めるが、天気ばかりは天気が決める。店主は天気図も好きである。
 そして16日の月曜日、店主が、「明日、金峰山へ行こう。地図プリントしといて」 という。私には突然だが、店主は、「前から行きたかったんだ」 という。いくつかある候補プランの内の一つで、機会を狙っていたらしい。
 仕事と併行してバタバタと支度をする。月曜の時点では雨が降っていて、天気予報は水曜も雨マークがついている。火曜は唯一のチャンスだった。
 火曜日、夜明け前の3時に起きて、4時には車に乗り、一路山梨へ。金峰山は山梨と長野の県境にある山岳信仰の山で、頂上付近には五丈岩と呼ばれる巨石が奇景をつくっている。川上牧丘林道をのぼって、6時半ごろ大弛峠駐車場に車を停めた。すでに何台かの車があり、めいめい身支度をしている。ここから朝日岳、鉄山を通って、尾根伝いに金峰山まで行く一本道のコースである。
 ふもとは快晴の予報だが、雲は低く、前方はもやがかかっている。準備運動をして出発した。
 暑くなく寒くなく 気候は良い。ぱあっと雲が流れると眼下の山々に陽がさすのが見える、が、遠景はなく、
 「ほんとなら、ここにドーンとあるはずの…」
富士山さえ見えない。
 それにしても、今夏2度目の山梨なのだ。8月20日に山中湖一周サイクリングへ出向いた日も、暑くなく寒くなく 気候は良かった。でも目の前にあるはずの富士山は、びた一文姿をあらわさなかった。東京にいても、少し高いところへのぼれば見える山である。2度も山梨へ行ったのに、富士山が見られないなんて、逆に記憶に残る年だ。
 山中湖では白鳥に出会った。帰り際、湖畔の公園駐車場で自転車の積み込み作業をして、ふとふり向くと、私のすぐ後ろに白鳥がいて、地面をつっついていた。好きな草か虫でもいたのだろう。間近でみるとでっかい鳥だった。でっかい富士山はみられなかったが、でっかい鳥さんが観察できた。
 今回の山歩きの収穫は、ウラシマツツジ。岩の下に控え目ながら存在感のある紅色が美しかった。カメラに収めて、帰宅後名前を調べた。紅葉の極初期の段階で、名残りの花もついていた。
 山歩きは苦しいが楽しい。私は地面や木々を見ながら歩き、店主は人と出会う。金峰山で出会ったのは、愛知から来た69歳の男性で、300名山踏破まであと残り50ほどだという。以前は奥様と一緒に歩いていたが、今は一人で、
 「女房は神棚に上げて、いっさい逆らいません。こうして自由に出してもらえるだけで、ありがたいですよ。 今思うとね、二人で登っていた時が一番楽しかったな。この時間を大事にしてくださいよ。」
 とおっしゃる。しばらく店主と話しながら歩いた後、先を行き、私たちがまだ息を切らして登っている間に、帰路の彼とすれ違った。
 「これから国師ヶ岳へ行ってきます」 と言う健脚に、
 「今までで一番良かった紅葉はどこですか」 と聞くと、
 「焼石岳です。 360度の絶景ですよ。初心者の方にもみんなにお勧めしてるんです。」
 と、栗駒山の近くにある焼石岳の場所を教えてくれた。
 山歩きの後は、甲府の街におり、ぶどうの丘温泉天空の湯へ浸かった。眼下一面に勝沼のぶどう園が見える。夕暮れから少しずつ灯りがともり、ぶどう畑を取り囲むように山あいに拡がる市街の夜景がみごとだった。
 帰宅後、焼石岳をパソコンで調べた。画面にうつる色とりどりの紅葉で、植生の豊かさが伝わってくる。
 以前、奥日光戦場ヶ原のハイブリットバスの運転手さんに一番の紅葉を聞いた時は、「八幡平ですね。あそこが心に残ってるなぁ」 と言っていたっけ。焼石岳も八幡平も岩手県にある。発作的に「さあ行こう」と出られる距離ではない。
 現在は、いつか行こう、と心に留める 夢の場所、である。

9月14日
 台風がやって来たのは、ちょうど一週間前だった。
 自分のいる地面に変化はなかったが、すぐ近く、よく見知った土地が被災地になった。千葉も横浜も、報道で地名が出ると思い浮かぶのは、もとの元気な姿だ。
 早く平穏が戻るといい。そしたらまた遊びに行って、おいしいものを食べよう。そこに居る人、特に観光地にとってはお客さんが来ることが何よりうれしいことだろう、と思う。
 台風の後、強烈な暑さがやってきて、大雨が降り、急激に涼しくなった。地球の何かが壊れたのかと思うような天候変化だった。
 9月になっても、背を伸ばして矜持を保っていた夏の花が、台風に打たれて下を向き、晩夏を告げている。
 店舗横の花壇を整えたり、横浜の実家の樹木を切ったり、忙しく一週間が過ぎた。
 13日、中秋の名月は雲に阻まれて見られなかった。一日遅れた今日の夜半、寝室の窓をあけると、頭上高く、小さいけれどまん丸い月が光を放っていた。
 幸せだ、と思った。
 明日は何が起こるかわからない。でも、この月光を浴びて、本を読んで眠る。今、この時には、幸せ以外何もない。
 本を読んでいる間に、月は窓の左から右へと移動していた。ところをかえても、月は変わらぬ表情でこちらを眺めおろしている。
 明け方、窓から月は見えなくなり、私は寒くなって障子を閉めた。
 この月が、今年一番小さく見える満月だそうだ。

9月4日
 秋のおとずれは、果実とともにやってきた。
 8月下旬、市川市の大町梨街道へ梨を買いに行った。豊水が出始めたころで、季節のトップを走る幸水と、初秋の風にのった豊水が並んでいた。
 ずらりと軒を連ねる梨園の直売所の中から、店頭に特に大きな袋入りの梨を出している一軒で車を停めた。毎年、円満に育ったご贈答用の箱入りではなく、ちょっとへちゃげたB級品を買っている。見かけは悪いが味は一級品と遜色なく、お得感満載である。
 その例年買っている徳用袋より更に大きく、お値段は徳用袋と同じものがある。お店の方に聞くと、
 「今年は長雨の影響で、蜜がまんべんなく行かずに、片寄ったのがあるんですよ。皮をむくと透き通ったところがありますが、ぶつかったりしたんじゃなくて、これが蜜だまりなんです。かえって甘いんで、好んで買っていく人もいるんですけどね。」
 と説明してくれた。おいしいのに出荷できないのはもったいないし、日常に食べるのには安価が一番なので、3袋購入した。
 帰宅後、早速冷やしていただくと、水分がはじけ飛ぶほど瑞々しく美味だった。透き通って見える部分も食感に問題ない。
 毎日食べて、気の置けない知人にも 状況を説明の上分けて、1週間で完食した。
 8月の最終日、再び大町へ行った。9月上旬がトップシーズンなので、梨街道は大賑わいだった。同じ店に入り、同じ袋を手に取ると、梨は先週より大きく育っていた。
 おいしかった旨感想を言うと、次の品種のあきづきを、
 「これ、おまけです。まだ出始めだけど、次来られる時は もうひとまわり大きく甘くなっていますよ。」 と手渡してくれた。また特用袋を3つ買って、意気揚々と帰った。
 今朝、豊水とあきづきをむいて、梨の食べ比べをした。
 たっぷりの水分を含み、さわやかな夏の麻のような豊水と、絹の手ざわりで真っ白な繭玉のようなあきづき。二つの梨に庖丁を入れた瞬間、夏がゆき、秋がくるのがわかった。
 そして、三たび、梨街道へ行く。出盛りの豊水の、たぶん今年さいごの大袋を2つ購入。おまけにひとついただいたあきづきは、先週よりひと回り大きくなっていた。そして、次の品種「かおり」もひとついただいた。
 3種の梨を、台所のカウンターに並べて、日に何度も眺めている。明日も梨の食べ比べをしよう。
 昼間はまだ ちょっと動くと汗だくになる陽気だけれど、冷蔵庫の中には、初秋がつまっている。

9月3日
 10日前、10個の特大卵をうんだ後 元気と食欲を取り戻したカメが、今日ポコッとひとつ産卵した。お腹の中に残っていたらしい。
 日向ぼっこ用の台の上に卵があるのを店主がみつけた。
 「オイ、たまご うんでるぞ。」
 と呼ばれて店の外に出ると、「カメの体の下にあった。」 と言う。カメはそしらぬ顔をしている。
 日向ぼっこ台の横の水槽に入れると、カメは台の上から長い首を伸ばして水槽を覗き込み、「これは何だろう」というように卵を眺めている。そのうち、首を伸ばしたついでという感じで水を飲み出した。
 10日前に10個の卵を排出した身にとって、1個くらいの産卵は何でもないらしい。
 今年、咲き始めの遅かった夏の花壇は もうひとがんばりしそうだが、中には衰えを見せ始めた鉢もある。
 朝の涼風とともに、カメのお腹もスッキリして、少しずつ、夏がゆく。

8月のユーコさん勝手におしゃべり
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