ユーコさん勝手におしゃべり

11月16日
 店の常連さんに今年の夏90歳になった老紳士がいる。歩くのには杖が必要だがしっかりとして、テレビはあまり見ず、家ではもっぱら本を友としている。来店すると、棚をひととおり見て一・二冊を購入し、店主とひととき話をしてゆく。おかげで戦前の地元の暮らしや横須賀の海軍水雷学校のことなど随分詳しくなった。
 昨日、私は所用で店を留守にした。閉店後帰宅すると、店主が、
 「今日さ、時々、古い文学書とか均一の読み物買ってゆくおばさんが来たんだよ。」
 と口元に笑みをうかべながら言う。
 「それがさ、その時ちょうど店に来てた○○さんを見て、
 『あら、○○さんでしょ!? 奥さんは元気?』 って言うんだ。○○さんいつも立って話しているのに、びっくりしたらしくて、『ちょっと、そこに座らして』 って店番の脇の腰掛に座ってから、
 『△△ちゃんだろ? 久し振りだな。』 って言ったんだ。何と地元の小学校の同級生だっていうんだ。
 『元気ぃ?』
 『うん。何とかやってるよ。』
 『ほらあの、誰だっけ、イジワルでイバってた奴。あの人もまだ元気よね。』
 『オレも忘れちゃったな。エット 何て名だったかな。』
 『同級生でさ、同い年なのに何かエバっちゃって、○○さんのことアゴで使ってた奴よ。あの…』
 『×田だ』
 『そうそう。あの人も元気で、今でも何か偉そうにしてるみたいよ。』
 って、ここがさ、90歳二人のにわか同窓会場になったんだ。 それで、おばさんが、
 『あたし、もう堀切から出ないの。今はここがいいの。ここでみんな用は足りるから。充分いろんな所へも行ったし。』  って言うんだ。
 『そうだな。オレももうどこへも行けねぇな』 って、それぞれ自分の本を買って解散さ。○○さんは猿飛佐助の復刻版買ってったよ。『懐かしいな。小学生の時よく読んだんだ。』 ってね。」
 話している時の店主のわくわくした目で、その二人の偶然の出会いがどんなに楽しそうだったかがわかる。
 ○○さんは、その日、猿飛佐助の前に、いろんな神社仏閣のご利益をまとめた「ご利益の本」を買っていたそうだ。遠くの神社に行かなくても、すくそこに、古書が結んだご縁があった。

11月8日
 雨模様の午後、店主と寄席でも行こうか、という話になる。夕食は弁当を買って、寄席で食べることにして、電車で上野へ出た。
 観光客がそぞろ歩く上野公園を、地面の銀杏を踏まないように散策する。芸大美術館を覗いて、不忍池のほとりを歩き、時間をみはからってお弁当と飲み物を買い、上野広小路亭に入ろうとすると、入口で
 「もうちょっとお待ちください。もう昼席が終りますんで。今日はちょっと長引きまして…。」
 と言われた。しばらく外で待っていると、太鼓の音とともに、お客さんたちがぞろぞろと階段を降りてきた。狭い入口で皆スリッパを脱ぐのでたちまちスリッパの山ができ、係りの人が手早くスリッパを片付けてゆく。再びスリッパが並び、「どうぞ」と言われて階段を上がりドアを開けると、たちまち出囃子が鳴り、幕が開いた。
 幕前に食べようと思っていたのだが、仕方なく、前座さんが喋っている前で弁当を開いた。たぶん満席だった昼席とは打って変わって、客は十指に満たない空席だらけだった。人の流れはわからないもので、やる方も聞く方も、ちょっと気詰まりなはじまりだった。昼席から残ってよく笑っていた女性客も途中で帰り、客数は更に減った。
 芸人が、地方のホテルで客が0人だった時の話などする。無人の客席に向かって喋っていると二組の家族連れが来て座り、「じゃ、よろしくお願いします」と子どもたちだけ置いてどこかへ行ってしまったという。子どもたちは芸人を無視して、その宴会場にあった黒ヒゲ危機一髪で遊びだし、時々黒ヒゲの頭の飛ぶなか舞台を勤めた話を織り込みながら、ネタを披露していた。
 でもさすがにトリの土橋亭里う馬は噺が上手く、噺終わりのおじぎもきれいだ。客の少ないことも忘れさせてくれ、寄席に来たなという満足感で夜の街に出た。

11月7日
 都立水元公園の駐車場のモミジバフウは、艶やかな赤に発色する。
 「そろそろ落ち葉拾いに行かなきゃな」 と店主が言うので、
 「水元公園のモミジバフウがいいころじゃない?」 と提案した。
 「桜の葉もあるしな」 と店主も賛同して、小春日和の午前を散策にあてることにした。今年も、飼い亀の冬眠用に落ち葉のふとんを集める時期がやってきた。
 色の為にモミジバフウの赤といちょうの黄色、そして香りの為に桜を入れる。
 来月冬眠の時、泥水を作ってカメを乗せ、上に落ち葉をかける。紅い桜の葉をたっぷり入れると、来春、冬眠バケツを開けた時、ふわっと良いにおいがするのだ。
 紅葉のはじまった公園の景色を楽しみながら歩いていたら、一本の大きな木の下で、家族連れを含めて7・8人が、一心にどんぐりを拾っていた。
 店主がその中の小さな子に、「どんぐり拾ってるの?」と聞くと、そばにいた老婦人が、
 「クマさんのエサなんです。あそこのおじさんが、動物園のクマにあげるどんぐりを集めてらしたから、お手伝いしているんですよ。」 と言う。
 老若男女が一本のどんぐりの木の下で、クマの目になって大きくてきれいなどんぐりを選んでは、ビニール袋に入れていた。店主もひとつ見つけて、男の子の手に、「コレ、大きいよ」 と手渡した。
 カメのために落ち葉を拾う人や、クマのエサを集める人、釣り人の釣果を待つ白鷺や、カヌー同好会の人、さまざまな人や動物が、秋日和の公園をいろどっていた。

11月1日
 青い空のはるか上に飛行機がくっきりと見えて、まるで精巧に作ったプラモデルのようだ。あの中に何百人もの人が乗っているなんて考えられない。
 空をゆく飛行機の中に、極細く削った鉛筆で点々と人を書き込んでゆく想像をしているうちに、飛行機は飛び去ってしまった。
 夜になり、買い物に出た。空には下が欠けた月が輝いていた。店に戻ると店主が、パソコンを見ながら、
 「今晩は十三夜だってよ。」 と言う。
 「あぁ、明るいなと思った。けど、うさぎは足のところが欠けてたよ。」
 と今見た月を報告した。
 雨が続いて、景色を見ずに過ごしていた間に、季節は空の色や木々の葉を着々と塗りかえていた。
 電車の車窓から桜の葉の色付きを知る。横浜の実家へ行くと、庭で水仙の最初の一輪が咲いていた。

10月のユーコさん勝手におしゃべり
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