ユーコさん勝手におしゃべり

4月30日
 「うどんが食いたい」 と店主が言う。
 近くのスーパーで売っているうどんならいつでも食べられるが、特別「食いたい」という時の目当ては、山梨・富士吉田の吉田うどんである。
 店主は、かたくしまったあのうどんが、時々発作的に食べたくなる。青木書店の観光部長を自任しているので、計画は自分でたてる。
 ゴールデンウィークに入る前の25日火曜日、うどんとハイキングの旅に出た。二人乗りのオートバイで、首都高速から東名に入る。東京を抜ける頃、前景がビルから山に変わる。新緑の山の中に桜が咲き、もみじが赤く萌えている。
 たっぷりと雪をいただいた富士山が見える。
 10時には富士吉田に着き、まずは新倉山浅間公園へ行く。富士山頂には少し雲がかかっている。五重塔と桜と富士が画面に納まるフォトスポットで、たくさんの人がカメラを構えてシャッターチャンスを待っていた。
 早々にそこを出て、11時開店の1軒目に向かう。まだ誰も居ない店の前に着くと、すぐ二人連れの女性がやって来た。三番目の客もやって来る頃、のれんが出て店が開く。最初の客となり、二人で肉うどんと肉天うどん、冷やし梅おろしうどんの3品を注文し、富士山一望の特等席でおいしくたいらげた。店を出る時には満席で、玄関に列ができていた。
 食後は、白糸の滝見物。カーナビを頼りにちょっと不安になるような細道をゆくと、名勝白糸の滝の看板があらわれた。「これより車両通行止め」の駐車スペースには、スクーターが一台だけとまっていた。先客のスクーターの横にバイクをとめた。橋を渡り、山を登ってゆくと、落差150メートルのさらさらと糸を垂らしたような滝が見えてくる。石仏のおかれた道をたどって登り、みつばつつじの群落をぬけると、赤い木肌の松の林があり展望台に至る。松の木はどれも立派な枝振りで、小人になって盆栽の中に立っているような気分になる。山の途中で出会った英国出身の青年と世間話をしながら歩いた。
 日本に来てから新潟に2年、小笠原に2年住んで、今は河口湖近くのホテルで働いているそうだ。ほうとうは食べたが、うどんはまだ食べていないと言うので、お勧めのうどん屋を紹介した。便利な時代で、彼のスマホの地図を指し、「ココだよ」と言えば、道案内は終わりである。
 ホテルにいると、「どこへ行けばいい?」とよく聞かれるので、休日はスクーターで近隣を巡っているという彼と山を降り、彼はうどん店へ、店主と私は次の目的地、明見湖へ向かった。
 道路から細い道を入ったところにひっそりとある湖ながら、よく整備され水鳥がたくさん来ていた。夏、蓮の花が咲く頃また行きたい隠れ家的湖だった。
 本日の予定終了で時間は2時に近い。2件目のうどん屋へ行く。
 何組かのお客さんが食べていて、我々が食べているうちに帰ってゆく。うどん屋のご亭主と少し話をしているうちに最後の客となり、私たちが駐車場を出ると、ご亭主がのれんを下げた。
 「今日は、最初の客とさいごの客になったね。」 と話しながら、スーパーで地元の製麺所のやきそばとうどんを買って、帰途に着いた。

4月23日
 朝、天気が良かったので、バイクに乗って、練馬区立美術館まで、「19世紀パリ時間旅行」展を観に行く。
 環状七号線で葛飾区から足立区を通り、北区へ入る。環八を通って板橋区を抜けると練馬区だ。東京23区の北部をめぐって、美術館に着いた。
 練馬区立美術館は、子どもの遊ぶ公園に隣接していて、吹き抜けの大きな窓から見える景色も、そこで遊ぶ子どもごと絵になっている。端正な館内で、1800年代のパリの地図や資料を堪能した。
 帰りは別ルートで、豊島区、文京区、荒川区を通って葛飾区へ戻った。
 今、店では、建築関係資料の仕事をしている。自然と感化されて、街並みや植栽に目が留まり、道を走って変わる景色に飽きることがない。
 昼前に店に戻って、店舗のすぐ前の京成線を見上げる。数日前から高架駅のホーム下にカラスが巣材を集めていた。線路の下の梁に色とりどりのハンガーや枝が見える。すぐ下は駐輪場で、落ちたら危ないので、駅に、線路下にカラスの巣がある旨を告げに行った。巣は早々に撤去されるだろう。
 巣材集めが始まってから通報までの数日間、
 「ツバメやスズメなら良くて、カラスはだめなのか。偽善者め!」 と自分の中で葛藤が合った。しかし、カラスの巣には、針金やプラスチックのハンガーのように大型の人工物が多く、すぐ下に人通りの多い場所では危ない。早朝から鳴き交わす声も実のところ困ったものだった。
 「もうちょっと景観に合った音量や、建築資材に配慮してくれれば…」
 と、カラスに伝わるわけでもないのに、いいわけめいたことを思っている。

4月20日
 寒かったり暑かったりした4月も、ゴールデンウィークに向けて順調に帳尻を合わせてきた。
 昨日の朝、足立都市農業公園へ八重桜とチューリップを見に行ってきた。
 今朝は、千葉市の富田さとにわ耕園へ行き、一面の芝桜を見てきた。
 店主とバイクに二人乗りして、数時間のショートトリップだ。
 今日は、巣をかける場所を探し飛ぶつばめを何羽も見た。昨日の農業公園ではカエルの初鳴きを聞いた。
 カエルの声の高低に合わせて♪ヴェ ヴェ♪ と鳴きまねをしていると、偶然、「ソソミソ ララソ〜」と音階を刻んだ。
 「あ、今、♪どの花みても♪ の音だったよ。」
 と店主に報告したが、半笑いで受け流された。
 チューリップのうたを歌うカエルにすっかり上機嫌になって、帰宅すると、店の横の小庭で、ジャスミンの最初の一輪が開いていた。
 晩春から初夏へ、季節のすごろくが一コマ進んだ。

4月16日
 自転車で買い物に出た帰り、大きな黒あげはを見る。
 「あ、あげは蝶。」
 と声に出して、目の前の蝶に追いつき、追い越すとまた、目の前にあげは蝶が来る。そうして百メートルほどあげは蝶と併走した。
 染井吉野が咲き終わったとたん、季節は加速度をあげた。八重桜は見る間に開き、見頃を迎える。藤の花さえ咲き出した。
 どこにいても、初見はうれしい。
 先週、伊豆に旅行に行った時、空につばめを見た。東京ではまだ見かけなかったので、一瞬のシルエットに、「つばめ、かな?」 と半信半疑だったが、きっとつばめだったのだ。
 なかなか来ないと思っていた春は、一気にやってきた。駆け抜けるように行ってしまわないうちに、つかまえなくてはならない。
 明日は、八重桜の様子を見に、足立の農業公園に行こう。お弁当を持って。

4月10日
 春の旅は、後ろ髪をひかれる思いがする。
 出かけてしまえば見るものも多く楽しいのだが、自分の家にも春が来ている。
「明日咲くよ」と予告しているピンクのチューリップの一群れや、「今満開だよ」とベルを鳴らしているように見えるムスカリのプランター。
 出かける前日、咲きおえた花の摘み取りをいつもより念入りにする。菜種梅雨が続き、水枯れの心配はない。
 違う土地の別の春を見に出かけ、帰宅後、間違い探しをするように、旅の間に出た芽や開いた花をみつけよう。

4月7日
 今年の春は一気に来なかった。
 4月2日に東京の桜の満開が発表された。都心のテレビ局周りや靖国の標準木が天気予報画面で映される。不思議な感覚で自分の周囲を見る。街路や公園の桜は4分咲きだ。
 桜は接木で増やすので行動が一勢で、例年満開の発表とともに、「わっしょい!」と叫ぶように東京23区中どこの天も染めるのに、今年の桜前線は荒川を越えなかった。
 平地の街路では盛んに咲いていても、荒川土手の浄水場の屋上にある公園はまだまだで、少しの高度の差が咲き方に影響した。
 それでも暖かさに誘われてこの一週間あちこち花見に出歩いた。荒川土手で今春初見の紋黄蝶を2匹見る。隅田川近くの公園で、おじいさんが桜の花を一輪、唇にくわえてチュッチュと吸って、
 「こうするんだよ」 とおばあさんに言い、
 「甘い?」 「甘いんだよ」 と少年少女のように唇に桜を挟んで顔を見合わせていた。
 一日店を休んでバイクで三浦半島逗子の鷹取山にハイキングに行った。こちらでもやはり桜は咲いているところでは咲き、少し高さがあればまだだった。
 ハイキングの帰り、横浜の実家へ寄り、母と天候の話をする。
 「そうね。今年は風の通るところほど遅いようだね。 『上空に寒気があり』とか天気予報でよく言ってるから、高いところは冷たい風が吹くんじゃないかな。」 と、どこどこは咲いて、どこのはまだ咲いていないと近所の桜の様子を教えてくれた。
 「今年は梅がやけに早く咲いて、いつもより早く終っちゃったね。」 と母が言い、
 「そうそう。梅まつりの終り頃に梅で有名な神社に行ったら、もう終っちゃってて、今年は見損なったのよ。」 と同意する。
 80代も半ばになり、行動範囲はそう広くないのに、その観察眼に脱帽した。
 楽しみは身の周りのどこにでもある。一気には来なかった春も、例年に追いついた。季節の進みを見逃さないように、目を凝らして日々を暮らそう。

3月のユーコさん勝手におしゃべり
それ以前の「おしゃべり」