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2月20日
恐ろしいほどの風が吹いている。街路樹をねぐらにしている小鳥たちは、こんな晩をどう過ごすのだろうか。
穏やかな晴天だった先週木曜日、三浦海岸へハイキングに出かけた。
まず天神島臨海自然教育園へ寄り、外仕事をしていたおじさんに勧められて、天神島冒険図鑑を買う。
「50円なんだけど、動植物もみんな出てるから、50円よりずっと価値があるよ」 とのこと。
夏はすごい人出になるという岩場の海岸を散策した後、農産物直売所へ行く。
大振りの三浦大根を、赤ちゃんを抱くようにかかえてレジに並んでいる人に、「大根をそんなに大事そうに?」と思っていたが、実際手にとってみると、その大きさとずっしりとした重さは、どうしても持つというより抱く形になる。キャベツと大根、ブロッコリを買って車に乗せ、次の目的地、油壺へ向かう。横堀海岸、胴網海岸、荒井浜と海辺を巡る約2時間のハイキングコースだ。
エメラルドグリーンの海に、はしゃいで写真を撮る。ちょうどいいタイミングでとんびが飛んで来てカメラにおさまった。ハイキングコースも終わりにさしかかる頃、目の前をあざやかな青色が通り過ぎた。砂浜を横切り、休業中の海の家のポールにとまった。
「イソヒヨドリ!」
カワセミを思わせる青い背にレンガ色の赤腹、朝購入した50円のパンフレットの知識が役に立った。小鳥も植物も、名前を知ると、親近感が何倍も違う。自然と笑顔になって、浜から少し高台の駐車場へ向かう時、油壺の名前のいわれを示した看板に出会った。
「16世紀のはじめ、北条早雲の大軍を相手に奮戦した三浦一族が全滅し、三浦道寸とその子は自刃、他の将兵も討死、油壺湾へ投身したため、湾一面が血汐で染まり、まるで油を流したようになったので『油壺』となった」
とある。
行きがけに見かけた三浦道寸の墓が思い出され、今さらながら合掌した。
その後和田長浜海岸まで車で移動して、絶景の黒崎の鼻と一面のキャベツ・大根畑をゆくその日三本目のハイキングルートを歩いた。見渡す限り緑の畑の中を通り、駐車場に戻る。車の小さなトランクは、二つのキャベツと二本の大根、大振りのブロッコリでびっしりだ。
その翌日、強烈な春一番が来てから、南風と北風が日替わりで突風となって吹いている。2月の終盤、季節のせめぎあいがはじまった。
食卓には毎日手を変えて三浦の野菜が並んでいる。
ひろい本屋から一冊の本を選ぶように、広大な地面からひとつ選ばれた野菜は、おいしく私の栄養となる。
2月11日
今週は根深い寒さが続いて、雪のちらつく日もあった。
首をすくめる北風の中、梅の花はそちこちで明るい色を放っている。まだ真っ裸の桃の木だが、枝先は色づき始め、「これは白い花が咲く」「これは赤い花」と枝色でわかるようになった。
ふかふかとふくらんだモクレンの花芽が、陽を浴びて光っている。
車で買い物に出ると、街路の木々が、季節の進みを教えてくれる。途中、両国の東京都慰霊堂の横で信号待ちをしていると、慰霊堂のある公園の門の前で、帽子をとり深々と頭を下げるおじいさんがいた。敬虔な後ろ姿に、自然とこちらも、車線をまたいだ車の中から黙祷した。
店主と二人で用事を済ませた後、深川不動へ寄った。参道を通り、本堂へ向かう。靴を脱ぎ、歴史を感じる建物へ入ると、中はバリアフリー化された空間が広がり、各種お参り、護摩修行の場と、手際よく区分けされていた。エレベーターで内仏殿の4階へ上れば、中島千波氏の天井画のある宝蔵大日堂がある。圧巻の作品群の中でも店主の目をひいたのは中島画伯による「風神雷神」の屏風絵だ。
「これはいいなあ」 としばらく見ている。お顔の方ばかり見ている私に、店主は、
「ねぇ、かわいいパンツはいてるだろう」 と言う。鬼のパンツの意匠は言われてみると鬼の顔に似合わずキュートである。
人によって見るところは違うもので、帰り道、車に乗っても、しばらく「風神雷神」の話で盛り上がった。
昼食をとって店を開ける。本に使われ忙殺されているうちに、空は暗くなった。店の前に出た店主が、外からトントンとウィンドウを叩き、
「月が丸いよ」 と私を呼んだ。濃いクリーム色の月が出ていた。
閉店時間になっても
なかなか腰を上げない私も、「月がきれい」と声をかけると、立ち上がって出てくると知っているのだ。
「満月かな」 「ほんの少し、こっち側が欠けているかな」 と空を見上げる。
「じゃ、閉めようか」
と二人で閉店作業にかかった。
満月の晩、外出先から帰宅するなり
家人も、 「大きな月が出ているよ」 と言った。
2月4日
立春になり、いくらか日ざしがあたたかい。
朝、花に水をやりに外へ出ると、犬を連れた奥さんがいた。そのまま黙ってジョーロに水を汲みビオラに水をかけていると、奥さんが、
「あの、カメさん どーしました?」 とこちらをのぞき込んだ。
「あぁ。冬眠してるんですよ。その奥にいます。チューリップのつぼみが出てくる頃、出てきますよ。」
「そうですか。冬眠ですか。また春が楽しみですね。」
と笑顔になり、会釈して、犬と一緒に歩き出す。
うちのカメの友達だったんだな。小型のダックスフント犬とカメは目線が近いので、散歩の時によく話をした(?)のだろう。
冬の初め、冬眠直後は時々聞かれたカメの消息も、ここのところ聞かれなくなっていた。
あたたかい散歩日和が増えるとともに、またうちのカメを思い出す人も増えるだろう。
店主は毎日のように
「もう出してもいいんじゃない? 様子見てみようよ」 と言うが、
「東日本大震災の時も何も知らずに爆睡していたんだから、まだ石のように眠ってるよ」 と返している。
元気で目覚めてくれるのか、早く会いたいような、冬眠壺のフタを開けるのが恐いような、早春の候である。
2月3日
映画『沈黙 -Silence-』を観た。
テンポよく話が進んでゆき、2時間40分の作品が、まったく長く感じなかった。
白をたっぷり含んだ蒼い海が、「世界はこれ程美しいのに、何故ここでこんなに苦しむ人がいるのか」というテーマを浮かび上がらせる。
俳優は、浅野忠信の色気のある面立ちが、心に残った。
深く感動して、いつまでも自分の中に棲む小説がいくつかある。その中には、時を経てもう一度読みたいものと、人には読むべきだと勧められるけれど、自分はつらくてもう一度は読めないものがある。
遠藤周作の『沈黙』は後者で、10代の頃衝撃を受け、その後も同系統の遠藤作品は、あらかた読みあさったけれど、『沈黙』を読み返しはしなかった。
2015年の『日々の光』(ジェイ・ルービン)もそんな小説である。読んだ時、そのうち映画化されるのではないかと思い、個人的には配役予想も組みあがった。
そんな噂はまだ聞かない。年月がたったら、配役予想も立て直さなきゃならないだろうな。期待半分不安半分で待っている。
1月のユーコさん勝手におしゃべり
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