ユーコさん勝手におしゃべり

8月31日
 バッタとてんとう虫が消えた。
 今年、店横の小庭で、一度もバッタを見なかった。てんとう虫は一昨年くらいで絶えた。蝶やトンボのように、比較的長距離 空を飛ぶものは、小庭でも街でもよく見かける。
 デング熱やらジカ熱やら蚊を媒介とする病が流行り、あちこちで消毒や雑草刈りが行われた。うちでも、殺虫は必須事項なのだが、肝心の蚊はしぶとく残っている。
 生きるものは皆同じひとつの命なのだから、これはイヤ、こっちはイイ、というのはわがまま勝手な言い分だ。 とはいえ、目はバッタを探してしまう。
 来春、どこかでてんとう虫を見かけたら、そっとつれて来て庭の葉にのせたいと もくろんでいる。

8月27日
 台風お見舞い申し上げます。 
今年の台風は初夏になっても発生せずにいたかと思えば、晩夏になって次々まとめてやってきた。通常とは異なる発生状況で、進路もよみにくい。
 「人間はじっとしていると腐る」が信条で、地図と天気図を読んで夏のレジャー計画をたてる店主もこの天候では立つ瀬が無い。8月後半の山行きはあえなく断念となった。
 今週も前半はぐずついた天気で、金曜日になってやっときた晴れ間に、奥日光へ出かけた。今年二度目にして、最後の避暑旅だ。
 いつも通り湯ノ湖畔に敷物を敷いて、コーヒーを沸かし、涼風に吹かれた。
 今の時期、郊外を車で走ると、稲穂が頭をたれ、実りの喜びを感じる。陽光に照らされ風に揺れて、そば畑はういういしい緑に覆われた。
 週明け早々には台風10号が上陸するらしい。車窓から見える景色に、収穫を終えるまで、どうか無事でいてほしいと、何にともなくどこにともなく、祈る気持ちでただ手を合わせた。

8月16日
 8月のなかば、朝買物に出ると、道路はガラガラで広場のようだ。
 お盆休みに入って、ニュース番組は高速道路の渋滞情報を伝えている。ポストから新聞をとると、その軽さに驚く。いつも重い程入っている広告が2・3枚で、店舗はやっていても本社はお休みなことがよくわかる。
 今夏は、逃げ場がないような暑さの熱帯夜があまりなく、朝晩は涼風が吹いて過ごしやすい。お盆期間の午前中に二度、荒川沿いを下流へ自転車で走った。
 一度は土手の突端まで行って海を見て帰り、今朝は、店主が普段車では通らない路地を探索しようと提案して、平井大橋をスカイツリー方面へ渡った。
 旧中川水辺公園に出て、蛇行した旧中川沿いを走る。釣りをしている人のそばに、大きな青サギがたたずんでいる。店主がサギを指し、
 「釣れるのを待っているんですか」 と聞くと、
 「そう。昨日もずっといたんだ。釣れたのを川に投げてやると上手にとるんだ。いったんバケツに入れても、そこからもらうより、投げてやったのをとるのが楽しいみたいだよ。」 と言う。
 おじさんは、サギが自分になれていると思っているが、サギの冷静な目と姿勢のよさを見ていると、サギの方が監督官に見える。
 私たちが自分のことを話題にしていると気付いたのか、サギはワサワサと翼をひろげ、対岸の釣り人の横へ飛んでいった。サギが川を渡ると、その下で魚があわててバチャバチャとはねた。
 おじさんに挨拶して、カヌーの練習場を見物し、また路地に入った。路地の奥にあった古い神社でお参りをして、今月の言葉「正直の頭に神宿る」に出会う。
 私はもうどこらへんを走っているのかわからないが、土地勘のある店主は方向くらいはわかっているようで、ぐるりと回って、見慣れた荒川土手に出た。
 昼食をとり、店をあける。お盆休みに、オリンピックや高校野球もたけなわとあって、注文も少なめの数日間だったが、ぼちぼち休み明けなのか、注文が戻ってきた。
 台風7号の天気予報を聞きながら発送作業を終えると、夕方から雨が降り出した。

 ちょうど1週間前は、台風5号が太平洋上を北上した。上陸はしなかったが、9日の火曜日は台風一過の暴暑の予報で、店を閉め、店主と上野の国立科学博物館へ行った。
 昼食時の休憩所は満員だった。4人がけのテーブルに相席で座る。私たちの横の2人分が空き、小学校低学年の男の子と1学年上くらいの女の子が座った。子供会の団体で来たらしく、体格は同じくらいの女の子がリュックの置き場所など男の子の世話をしている。二人はさっそくお弁当を出す。男の子は、包みを開くとポケモンのお弁当箱にポケモンゼリーとポケモンふりかけが出てきて、うれしそうに、お隣に座った私たちにも見せてくれる。
 「どこから来たの」
 「東浅草から来た。」
 「じゃあ 近くだね」
 「近くないよ。遠いよ。電車で来た。」
 「そうね。歩いてはこれないもんね。」
 と笑顔で会話が続いた。台東区内であっても彼にとって学区外はまだ遠いんだ。
 県民性やその違いについての本やテレビ番組があるけれど、中年以降の人の発想だろうと思う。下町っ子らしい人なつこさでお弁当をひろげた彼が、自分の家から上野が近いとわかるのは、あと10年くらい先だろうか。
 席の空くのを待っている子どもたちを引率している女性に、「ここ空きますよ」 と声をかけ、
 「バイバイ、またね。」
 と二人に挨拶して席を立ち、広い科学博物館に戻った。

8月7日
 8月に入って、3日間の休暇をとった。店の横の小庭は夏の花が花盛りだったが、出かける前に伸びた枝をバッサリ切った。3日も家をあけると、咲いた花はしおれ、枯れてしまう危険もあるので、いったん丸坊主作戦だ。帰ってくる頃次のつぼみができていることを期待して出発前に刈り込んだ。飼い亀はちょうど産卵前でエサをほどんど受け付けなくなっているのを幸いに、泥場と水場を用意して小庭に放した。今年は店主がしっかり柵を作ったので、今だ脱走の気配はない。
 梅雨が明けたとはいえ、不安定な天候が続き、出発の日も午後から雨の予報だった。雨が来る前に散策を終えるべく、早朝3時に出発する。
 数年前に尾瀬ヶ原を歩いたので、今回は尾瀬沼を目指した。
 東北自動車道を降りて、山道をゆく。峠に入ると甘い香りに包まれる。森林の発するにおいは、村が変わると変わり、それぞれに植生の豊かさを感じる。
 「東京の空気にはにおいがない。バイクに乗って地方を走るようになってはじめて、大気の香りを知ったんだ。」
 と車を運転しながら店主が言う。
 「うれしかったなあ、あの頃。どこへ行っても新鮮で。」 と16歳の自分を懐かしんだ。
 福島県檜枝岐村を通って尾瀬御池に車を停めた。駐車場の入口はヤナギランのピンクの花が満開だった。ここから日本一のブナ林を見下ろして通るシャトルバスに乗って沼山峠まで行く。バスに乗ったのが朝7時、ここから尾瀬沼まで、広い青空をバックに写真を撮りながら歩いた。すすきが穂を出し、りんどうが青いつぼみを屹立させて、高原にはもう秋が迫っている。湿原はオゼギクの黄色が鮮やかだ。ビジターセンターで一休みして、9時半からのレクチャーに参加しようと思っていたが、ポツリと雨が落ちてきた。参加を見合わせてバス停に戻る。降ったりやんだりを繰り返す雨から逃れるようにバスに乗った。車で檜枝岐まで戻り、そば屋に入ったとたんにズザザザザと音をたてて雨が降ってきた。昼食を食べ終わってしばらくすると雨もやみ、天の配剤に感謝しつつ、その日の宿・湯西川温泉へむかった。
 宿の裏は木々がわきたつようにそそり立つ絶壁の渓谷で、部屋の大きな窓から見えるのは上から下まで、様々な木と木と木だ。温泉と緑、山の幸のごちそうのうれしい晩を過ごす。
 二日目は湖めぐり。沼沢湖、田子倉湖、奥只見湖と、山と水の景色を満喫した。昼食は道の駅できゅうりとトマトを買ってそのままいただく。何を食べても、おいしい。よく晴れた一日だったが、6時に谷川温泉の宿に入った直後に、雨の音が聞こえ、あれよという間に大雨になった。
 夜には降り、朝晴れる。旅日和の三日目。
 清津峡で渓谷見物をして野尻湖を経由し、戸隠へ行き、鏡池を一周散策する。
 栃木・群馬・福島・長野・新潟を出たり入ったり、車は1000キロを走った。
 実はこの旅の成功は、旅のはじまるずっと前、7月に宿の予約をした時から決まっていた。区役所に入っている旅行社で1泊目湯西川、2泊目に水上谷川温泉の2泊の宿をとった時、対応してくれたツーリストの方が、
 「いいコースですね。」 と言ったのだ。
 「プロがいいって言うんだから、きっといい旅になるね。」 と出発まで気持ちよく準備ができた。
 よく歩いた最終日、長野県真田町の地蔵温泉でゆっくり休んで深夜に帰宅した。小庭の水場で寝ていたカメが首を上げ、人なつこい顔を向けて迎えてくれた。
 翌朝、外に出て花に水をやり、カメの居場所を掃除すると、水桶の中に既に割れてカラだけになった卵がいくつもあった。夕べの人なつこい顔はエサの要求だったのだ。
 卵でおなかいっぱいだった数週間を取り戻すように、たくさん食べ、ゆったり日なたに手足を伸ばした。旅行の間に産んだので、産卵日はわからない。ちょっと残念に思っていたら、今日、店の横を通る親子の会話が耳に入った。小さな女の子が、お母さんに
 「カメ、見ていく? 卵もあるんだよね。」
 と言っていた。店主と私は、店の日除けネットを出しにちょうど店の前に出ていて、
 「あの親子は見たんだね。」
 「飼い主も見ていないのにね。」
 と顔を見合わせた。
 白い丸い卵を見た人がいたことが、何だかうれしかった。

7月のユーコさん勝手におしゃべり