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7月28日
関東の梅雨明けが気象庁から発表された。梅雨明けといってもお天道様の加減次第で
「はい あけました。 はい 閉めました。」
とはっきり決まるわけではないので、その日の予報はどんより曇りだった。
朝、書庫へ行くと、よく書庫のあたりを散歩している老紳士に会った。いつも杖をついているが今日は手ぶらだ。
「おはようございます。今日は元気ですね。」
「そう。天気がいいから、何か調子がいいんだ。」
車とジャズが好きだという白髪の顔が笑った。
夕方、梅雨明けのニュースに、朝の会話を思い出した。体は何でも知っている。
7月20日
おとといの朝、花壇の手入れをしていたら、頭上でバタバタと羽音がする。顔を上げると、笑っちゃうほど飛ぶのがヘタな鳩が風にあおられていた。
泳ぎのできない子が必死にプールサイドにしがみつくように、ようやく高架駅のホーム下の筋交いにとまった。ホームの屋根の隙間にできた巣の前まで羽ばたき、パパ鳩とママ鳩の間に飛びこんだ。しばらく三羽並んでクックルークックルーと何やら話していた。巣立ちにはもうしばらく訓練が必要なようだ。
きのうは、日の出と共に起きて、店主とバイクで箱根へ行った。目的は芦ノ湖西岸ハイキングだ。店主が、
「16からバイクに乗って、箱根にはもう100回以上行ったけど、箱根神社を歩いたことがない」
と言い、ハイキングの前に箱根神社へ寄ることになった。確かに、その日もたまたまサービスエリアで店主のツーリング友達に会ったけど、ツーリングの人はブーツを履いたりパッドの入った革ジャンを着たりしているので、散策には不向きだ。サービスエリアで休憩後、店主と私はハイキングシューズスタイルでバイクにまたがり、箱根に向けて出発した。
箱根神社で石段を登りお参りをして、石段を芦ノ湖の水際に建つ鳥居まで降りる。途中、すぐ耳の横で高く澄んだいい声がする。茶色い小さな鳥、ミソサザイだ。しっぽをピンとたてて、木から飛び降り、鳴きながら一段ずつ階段を登っていった。
箱根町港を9時半に出る船で桃源台まで行き、芦ノ湖の湖畔遊歩道を12キロ歩く。途中昼食休憩を入れて4時間のハイキングだ。神奈川県花のヤマユリが芳香を放ち、ウグイスが大声で元気よく鳴いていた。ツバメの群れの中には、前日うちの店の前で見た子鳩のような危なっかしい飛行をみせるものもいた。
大きな自然の中でも、都会の小さな隠れ家のような巣の中でも、命をつなぐ営みをみるのは楽しいことだ。
たくさん歩いて疲れた肉体に、帰りの都内の渋滞だけが唯一最大の試練だった。
7月12日
7月に入ってはじめての好天の休日、バイクに乗って炎天の東京を離れ奥日光へ向かう。元英国大使館別荘だったところが、今月から栃木県立の記念公園になったので、まずはそこを目指す。
中禅寺湖畔を歌が浜から行くと、現役のフランス大使館別荘があり、往時の避暑地外交を偲ぶ遊歩道沿いに英国大使館別荘公園、その奥はイタリア大使館別荘公園に続いている。
英国大使館別荘は、きれいに整備・展示が施され、以前から公開していたイタリア大使館別荘ほどの生活観はない。景色はどちらも見事で、世間の動きは視界に入らない立地にある。
この別荘の白眉は、二階の婦人トイレだった。19世紀に建てられた建物は、復元とはいえ、当時のアーツ・アンド・クラフツ運動を体現していて、ウィリアム・モリスのデザインが部屋部屋にある。ほおを緩ませながら、ひととおり展示を見て、トイレに行こうとドアを開けた瞬間、自分が満面笑顔になるのがわかった。生成りに水色の植物模様の壁紙はまさにウィリアム・モリスの小部屋。抜群に居心地が良い上に、場所柄、空間のひとりじめなのである。
トイレから出て、壁紙と調度の感激を同行した店主に話すが、これは二階女子トイレだけのサービスで、帰りがけに一階の男性用に入った店主は、「ふつうにトイレだった。」とがっかりしていた。
別荘公園を出て、湯の湖へ向けてバイクを走らせた。戦場ヶ原沿いの道はホザキシモツケが咲き始め、ういういしいピンクの花を連ねていた。連休を前にした火曜日で、人出は少ない。湯の湖畔のレストハウスもこの日はお休みで、釣り人のボートも浮かんでいなかった。
湯の湖一周一時間の散策に出る。腰まで水に浸かって釣りをする人がチラホラいるだけの静かな湖に、カモが集団で逆立ちして、お尻を出してくるくる回っていた。浅瀬には大きなますが、背びれを見せて、何の相談をしているのやら大勢集まっている。
虫も鳥も魚もそれぞれに皆忙しそうだった。
私と店主は湖畔に敷物を敷き、たっぷりと昼寝をした。敷物には、前回使った時の桜の花びらが数枚、押し花になって挟まっていた。
下界から入道雲がもくもくとわきあがってゆくのを眺め、そろそろ夕立がくるかもしれん、と立ち上がって、敷物を片付け、バイクで帰宅した。
7月11日
今年のカメはちょっと違う。
例年夏の産卵時期になると、水槽から外に出たいと騒ぎ出し、小庭に出すと柵を乗り越えて脱走を繰り返してきた。
今年は小庭の柵を強化して、水槽には入れずに出しっぱなしにしている。先日ホームセンターで黒土を買ってきて、コンクリートの小庭に砂場ならぬ泥場をつくった。
それでも脱走するかと日々見ているが、カメは柵の間から外を眺めたり、水浴びをしたり気楽にしている。全身に泥を塗りたくった姿で、散歩に出せともいわない。
ポイントは泥んこらしい。
それを知らずに去年までは、甲羅が汚れればタワシで洗っていた。カメを可愛がっているつもりで、子の心
親知らずだったのだ。
泥んこはカメのお化粧のようなもので、きれいになった(と自覚した)彼女は、満足そうに今日もひなたぼっこをしている。
7月8日
目がカメラだったらという時がある。
それは、電線に止まる小鳥のカップルの思わぬしぐさや、半ズボンの上にパンツをはいて、「ひとりでお着替えできた」と喜ぶ小さな子ども、水元公園で唐突に私の横に飛来したカワセミだったりする。一瞬の情景を記録できないことを、もったいないと思っていた。
でももし死ぬ前に人生を走馬灯のようにみるのだとすると、その時には目のカメラで撮りためた映像が、次々出てくるのかなと思いついた。そうだとすると記憶以外には残らないものも惜しくはない。何の媒体もいらない自分の目で、もっとちゃんと見よう、と心がけている。
7月4日
今朝、店の三階の窓を開けたら電柱の変圧器の下から「ピー
ピー」とかすかな音がした。しばらくすると変圧器の下の細い支柱の中から親スズメが出てきて、ピーピー声が一段と高くなり、もう一羽別のスズメが変圧器の中に入っていった。どちらがパパでどちらがママか見分けはつかないが、今年も子だくさんらしい。
書庫の近くのマンションの裏口で営巣しているつばめも、巣からはみ出さんばかりの子だくさんだ。
関東はカラ梅雨で、人間は水不足を心配しているが、鳥に杞憂はなく、エサの豊富な今だけを見ている。
店主がスーパーの店頭で一目ぼれして買ってきた鉢植えのひまわりは、緑色の堅いつぼみの中から黄色の花びらが2・3枚、くちばしのように突き出てきて、巣の中のひなを思わせる。
夏に向かって準備万端の7月はじめ、小庭のカメを見に来た幼稚園生に
「もうすぐ夏休みだね」 と言ったら
「うん、もう二回行ったら夏休みだよ。」 と答えた。うしろでお母さんが、
「二回じゃなくて、二週間でしょ。」 と声をかけると、
「えー。だって園長先生が言ってたよ。」 と口を尖らせた。
耳が、聞きたいように聞いてしまった、らしい。
6月のユーコさん勝手におしゃべり
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