ユーコさん勝手におしゃべり |
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6月24日 今朝、二階の窓から身を乗り出して伸びすぎたジャスミンの枝を切っていたら、すぐ目の前にオレンジ色のトンボがすいっと飛んできた。 「今年初めてトンボを見た」 と喜んでいたら、そばにもう一匹いる。トンボのデートに やがてあげは蝶も加わった。 そろそろ虫の季節で殺虫剤を撒きたいところだが、蚊とナメクジはダメだけど、トンボと蝶々はいい、なんて勝手な話はないわけで、今夏もまた、手加減しながら防虫するというあいまいな態度を毅然と貫くのだろう。 新聞を取ってこようと階下におりてドアを開けたら、 「カーメたん」 と声がして、作業着姿の熟年男性が、道路にしゃがんで小庭のカメに話しかけていた。彼はカメの友達である。 昔 犬を飼っていたときは、犬友達というと、散歩の時に出会う飼い主同士だったが、カメはずっと小庭にいて外を見ているので、カメ好きな人とカメが直接友達になっている。近所に勤務先があり仕事の合間にカメを見に来る彼に、カメもすっかりなついているのだが、「カメたん」と呼ばれているとは知らなかった。私が、 「おはよおうございます」 と言いながら出てゆくと、 「おはようございます」 と照れくさそうにこちらを見た。 カメは小さな子どもたちからは本名の「しっぽ」とか「しっぽちゃん」と呼ばれ、飼い主からは「カメ」と呼ばれ、おじさんからは「カメたん」と呼ばれている。まだいくつも呼び名があるのやもしれない。 柵を高くして小庭に放すようにしてから、今のところ脱走の気配はないし、落ち着いている。脱走意欲の高まる産卵時期まであと一ヶ月、このままたくさんの友人を持ってゆったり過ごしてくれるといいな、と思う。 6月14日 職住接近の自営業で、生活の場から階下におりれば職場という暮らしをしている。生活の時間と仕事の時間にくっきりと区別なく、生活の間でも仕事のことを考え、仕事中にも生活が入り込む。忙しい日はことさらである。 午前中に買い入れに行く予定があった朝、店主も私もあわただしく身支度をして、果物とコーヒーの定番メニューでさっさと朝食を済ませ、出発した。 知らない街をカーナビを頼りに行く。地図読み名人を自負する店主もそれは郊外のことで、都会の住宅地となると道はあまりに煩雑でお手上げである。 本というお客様が大量に店舗にやってくる日、車に本を満載して、時には何往復も走る。肉体も頭もフル回転で、朝から晩まで、いつ何を食べたかわからないような一日を過ごす。店舗にかかった 「一日の苦労は その日一日だけで 充分である 椎名麟三 落款」 の色紙の下を幾度も通り、シートを敷き 置き方を工夫して全冊店舗に運び込んだ。 さてどうやって店を開けるか、明日のことは明日考えよう、と日付の変らないうちに仕事を切り上げた。 階上にあがり、居室に入って吹き出した。 「ブタの鼻だ。 ここにブタの鼻があるよ。」 と笑っていると、あとから階段をのぼってきた店主も、 「ホントだ、そっくりだ。」 と笑った。 朝脱いだ形のまま置かれたトレーナーである。楕円形の中に、足二本分 丸く穴が開いたトレーナーパンツは、ブタの鼻にそっくりだ。店主は、「今朝、急いでたからな。」 と自分の仕業に苦笑した。 それから本の整理に忙しく何日か過ごし、私は発見した。ソファーの前にしゃがんで、トレーナーパンツに真剣に丸い穴を造形している店主を。ブタの鼻脱ぎあとは、偶然の産物から鉄板の仕込みネタになっていたらしい。 今でも、疲れたときの一服の笑い話である。 6月9日 埼玉県北葛飾郡の杉戸温泉へ行く。 明るい農村の風景のなかに、トラックがたくさん走るまっすぐな幹線道路が伸びている。左右は田んぼばかりの道で人通りはあまりないが、交差点でズリズリと何かをけとばしている人がいた。 運転中の店主も気付いて、助手席の私と二人で見ていると、そのおじさんの足元の重くて丸いものは、なんと亀だった。 交差点の青信号が点滅してくると、おじさんはひょいと片手で大きな亀を持ち上げて道を渡り、道路脇の用水路へドボンと亀を投げ入れた。それから、何ごともなかったように田んぼの中を通る道を歩き去った。 「亀、だったね。自然界でも、亀は脱走するんだね。」 と店主が言う。 「川から田んぼへ出かけてみたかったんだね。 亀には道路なんて、関係ないもんね。」 「でもトラックに轢かれちゃ、ひとたまりもないもんなぁ。川にいれば安全なのに、土手をのぼって、どうしてもどこかに行きたくなっちゃったんだろうな。」 親切な人に助けられて、今日亀はしあわせだったけれど、明日はまた今いるところではないどこかへ、亀は向かっていくのだろう。 温泉にじっくり浸かって半日過ごし、カエルの声をききながら、帰宅した。 6月5日 予約していた夏の花苗が配達されて、昨日、春から夏へさいごの植え替えをした。夏の花壇が整い、あとは太陽の仕業を待つばかりだ。 昼過ぎに作業を終えると、少し風が強くなった。天気予報どおりに、夜半から朝方まで雨が降った。 明けて、いつもより少し早い梅雨入りとなった日曜日、堀切菖蒲園の菖蒲は、花びらに水滴をのせ、よい風情を見せていた。 今日、常連のお客様に店主が年齢を尋ねたら、「んー、88だね。この夏で89歳になるよ。もうとりすぎちゃって、年なんて忘れちゃうね」 と答えた。そして終戦の年の夏の体験談がすすんでゆく。 うしろで聞いていて、ちょうど一年前の6月の日曜日にも彼が来て、店主と話をしていたことを、まるで一月前のことのように思い出した。その時は、 「女房は友達と菖蒲まつりのパレード見てるからね。その間に来たんだ。またこんなに本買って、なんて言われちゃうからね。」 と言っていた。 一年が巡ったことを、季節の花が教えてくれる。 そして、今年も同じような会話を聞くことができることを、少し離れたところで仕事をしながら一人で静かに、寿いだ。 6月1日 堀切菖蒲まつりの初日、薄曇りの菖蒲日和だったので、堀切菖蒲園まで店主と散歩に行った。弁天社の大きな七福神の前を通る暗渠の遊歩道は、菖蒲園が近づくにつれて紫陽花があざやかに植栽されている。 見頃の紫陽花の一群のところで、カメラを出す。いつも撮られてばかりなので今日は私が撮るねと、先客のカメラマン氏が一段落したところで、その方に挨拶して店主を紫陽花の前に立たせて一枚撮った。 「二人で撮りましょうか」 とカメラマン氏が言う。いつもなら、 「あ、大丈夫ですよ」 とお断りするのだが、絶妙のタイミングで声をかけられ、 「ありがとうございます」 とデジカメを渡した。ふつうなら一枚か、念のために二枚シャッターを切って終る出会いだが、小さなデジカメを手にカメラマン氏は、 「もう一枚。 もうちょっと奥に入って—。」「笑って—」 と熱心に撮ってくださる。 「バックがマンションじゃないと、もっといいのにねえ」 などと言いながら、シャッターを押す。 丁寧にカメラを返してくれ、「ありがとうございました」 と恐縮して、受け取った。紫陽花を撮り続ける氏と別れてすぐ、店主が、 「あの人、プロだよ。 撮る時、カメラの画面じゃなくて俺たちの方、見てたもの。」 と言う。 「そう。 集中すると、舌が出るくせがあるんだね。 二枚目からは舌が出てて、熱中してるってわかった。 その人によって、無意識の癖ってあるよね。」 と話している間に菖蒲園に着いた。 一週間前に行った時は、チラホラと咲き初めたところだったが、菖蒲まつりの初日に合わせるように、きれいに咲き揃って、勇姿を見せていた。 狭い園内だが、よく手入れされ一周ゆっくり回って季節の色を味わった。先ほどのカメラマン氏も園内で花にカメラを構えていた。どこかの広報の方だろうか。 店に戻ってデジカメの画像を見ると、微妙に角度や明るさを変えて、都合六枚、店主と二人の写真があった。 無名性の一期一会である。 5月のユーコさん勝手におしゃべり |