ユーコさん勝手におしゃべり

5月26日
 書庫に本を取りに行った帰り道、目の前を黒い小さいものが横切った。
 「つばめ?」
 目で後を追うと、堀切菖蒲園の駅からほど近いマンションの一階勝手口の上に真新しい巣があった。二羽のつばめが入れ替わり飛んできて顔を突っ込んでいる。
 今春、堀切菖蒲園の駅舎につばめが来なかった。それでも時々、そこを通る時に空っぽの巣を見上げていたが、ご近所に引越ししたのだった。
 改札口前のガード下は深夜でも煌々と電気がつき、安眠できないのではと思っていた。新居なら、近くに公園もあって、土や虫の調達も簡便だ。
 「よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて…、」だけど、ゆく川の流れは絶えなかったのだ。
 駅の、そして、私の身近からつばめが消えてしまったわけではないことに、深く安堵した。

5月24日
 青木書店は堀切菖蒲園駅のホームの前にある。駅前ではなくホーム前だ。
 高架駅なので、店の前は道路をはさんでホーム下の土手になっている。普通商店街というと道の両側に店があるが、そんなわけで、ここは片側商店街である。おかげで店の前には小さな自然がある。
 店舗の3階の窓を開けると、道路の向う側に電柱があり、その後ろに京成電鉄の駅ホームの白い壁が見える。
 電柱の変圧器の下で雀が営巣している。ここ何年か続けて一家が住んでいて、楽しく観察していたが、今朝、電柱の先に見えるホームの屋根の下に鳩が二羽じっととまっているのを発見した。ホームの白壁と軒下の間で、みつからないように周囲を警戒してしばらくたたずみ、よく左右上下を見てからスッと黒く見える隙間に消えた。その秘密のいとなみを、私はみつからないように静かに見せてもらった。
 民家や店舗の軒下に営巣すれば、糞害もあり撤去されてしまうだろうが、ここは柵に囲まれた駅構内の土手なので、たまに下を猫が通るくらいで誰の出入りもない。猫も鉄柱の上の壁には登れない。うまいところに目をつけたものだ。
 この場所にすっかり安心したのか、ひんぱんに出入りして巣材を運び込んでいる。
 アスファルトの道路にコンクリートの駅舎、土はなくても、たくましくここで生きるものがある。
 先週末、予約していた夏の花苗が配達されて、花壇の植え替えをした。
 季節は動いてゆく。

5月19日
 2・3年前から、冬場を中心に鎌倉方面の遊歩道や切通しの路を歩いている。
 コースと時間はいつも店主が決め、私はついて行って感想を述べる係り(?)だ。
 今回はまんだら堂やぐら群を目指して、逗子と鎌倉の間にある名越切通しを歩いた。まんだら堂やぐらは、期間限定の土・日・月曜日のみ公開なので、なかなか都合がつかななったが、今週の月曜日やっと行くことができた。
 朝早めに首都高を通ってバイクで出かけ、昼には帰って来て店を開ける計画である。ツーリングにもハイキングにも上々のさわやかな日和だった。
 まんだら堂やぐらは、中世の集合墓地で、岩盤の崖に、高いところで四段の四角い横穴が掘られ、無数にある部屋のひとつひとつに五輪塔と呼ばれる石塔がいくつも入っている。五輪塔の中に、そこで火葬した遺骨が納められているそうだ。入っているのはたぶん武士だろうと言われているが、時期も由来も正確にはわからない。
 この一帯は以前は個人の所有地だった。持ち主は、日蓮宗の熱心な信者で庵を建てて題目を唱える日々だった。庭には池を作り、菖蒲やあやめ、紫陽花などを多彩に植え、100円ほどの入園料を取って公開していた。切通し周辺が逗子市に史跡指定され、逗子市がこの土地を買い上げて発掘調査したところ、やぐら群遺構が次々に出てきたと、ここのボランティアガイドの方が教えてくださった。
 ただやぐら群は崩壊が著しく、当初の姿ではない。由緒ある寺院などだと、石は伊豆から堅くて良質なものを運んできて建造したが、ここは武士たちの墓で、地元の風化しやすい鎌倉石でつくられている。土が堆積し木が生え、その上庭になっていた間にも植栽されたので、根が石を穿ち、原型をわからなくしてしまう。
 「大きな木は伐採して、定期的に除草しているんですがねぇ。植物は強いです。
 火葬の穴は、あそこの四段やぐらの前にあったんですが、発掘調査の後埋め戻しました。かえって土の中にある方が、空気にさらされないので持ちがいいかもしれません。」
 ということだった。
 四角いほら穴状のやぐら群は風雨にさらされ、徐々に崩れている。私には、葬られた人たちが、自然に還ろうとしているように感じられた。現代の人たちは、何とか保とうとしているけれど—。
 崖の上にあるまんだら堂やぐらから坂を下りて、ふもとの中華屋さんで早めの昼食をとった。まんだら堂へ行ってきたというと、お店の方が、
 「昔は、いろんな花が咲いて、きれいだったんで観に行きましたけど、最近は変っちゃって、行ってないなあ」 とおっしゃった。
 元の庭園が良いという人、元々のやぐら群を守るために岩を穿つ木の根を刈る人、人の考えはいろいろだ。
 まんだら堂は、そこだけ時が止まったように静かに苔むしている。今は前の持ち主が身延山から苗木で持ってきたという大木のしだれ桜と、わずかに紫陽花が残るだけで、庭木はほとんどないが、周囲には、白花のツユクサがたくさん咲いていた。
 そして切通しの路は、スイカズラの花が良い香りをただよわせていた。

5月15日
 「麦秋だ!」
 木曜日、店主とバイクで東北自動車道を走った。市街地を抜けると、道の両側が金色に輝いた。
 ザワザワと風にそよぐ麦畑の黄金色の波を、中年になるまで知らなかった。学生の頃も、20代30代も、旅行の時など目にしていたはずなのに、興味のないものは目に入らないのだ。感動した覚えがない。
 麦畑の輝きやりんごの山の花盛りを、欧米の文学作品の中で活字としてはよく見ていた。私はいったい何を読んでいたのだろう。今となっては不思議に思うが、その時はその時で、人の気持ちの機微や切ない恋心にビビッと反応して、景色の描写は景色の一部と読み飛ばされていたのかもしれない。
 佐野藤岡で高速道を降り、鹿沼に向けて通りなれた前日光への道を、新鮮な気持ちで走る。10日違えば風景は一変する。今早苗の見える田や田植えの準備中の田は、次に行った時には、違う色を見せてくれる。野菜畑の花も時々刻々と変ってゆく。
 目的地は、横根高原井戸湿原だ。様々な種類のつつじが時期をたがえて咲き、一度行っただけでは見きれない。いつも「咲いたらきれいだろうな」と思う道を宿題として残して帰る。
 今回はトウゴクミツバツツジが見頃をむかえ、高台から見下ろす井戸湿原を紫がかったピンクに染めている。色の濃いミツバツツジに薄いレンゲツツジの名残りの花がピンクの濃淡をつけている。白ヤシオの純白と山ツツジの赤いつぼみが、キャンドルのように屹立して時を待っていた。
 木道の休憩スペースに腰掛けていると、となりにご夫婦が座った。
 店主が声をかけると、千葉の香取から早朝に家を出て、横根高原をぐるりと散策し、一休みして帰るのだそうで、井戸湿原は今年二度目になるという。奥様が、
 「見てる間に開いていくようですね。さっきより咲いているみたい。」 と山のツツジを指さす。
 「ほんとだ。色が濃くなった感じがしますね。」 と、井戸湿原へ降りる木道の方を見る。ツツジの道は、ピンクのもやがかかったように見えた。
 ご夫婦と別れて、湿原を一周りして、坂道を下り、前日光つつじの湯へ行く。
 新緑が萌え、広葉樹と常緑針葉樹のコントラストが鮮やかだ。桐の花が満開で、里山に色を加えていた。
 温泉施設のまわりで、体格のいいつばめが群れ飛んでいる。土も虫も豊富でつばめも幸せだ。
 今年とうとう、堀切菖蒲園駅の駅舎につばめは来なかった。毎年一・二組が営巣していたが、土のないところでどうやって巣材を調達するのか気の毒に思っていた。地元へのつばめの飛来を心待ちにしていたけれど、元気なつばめの姿はやはり郊外がふさわしい、と自分を治めた。
 たっぷり温泉に入り、おいしいそばを食べて帰路に着いた。
 オレンジ色の夕陽を左手に見て高速道路をゆく。田畑から工場へ、住宅へ、かわる景色を見ているうちに、頭上高く三日月が出ていた。

5月11日
 5月にはいって10日が過ぎ、ジャスミンの刈り取りをする。
 今年も店横の壁を純白に染め、芳香をまいた。全盛の一週間が過ぎたが、花柄を摘むと、まだいくらかつぼみが見える。
 二階の窓から身を出して伸びた枝を切り、バサバサと終った花を振り落とす。外に出て掃除をしていると、幼稚園や保育園へ通う子が、小庭のカメの様子を見に来て、カメに
 「いってきます」 とあいさつしてゆく。
 季節は晩春から初夏へとかわった。今までボーっとしていることの多かったカメの動きも活発になってきた。
 昨年何度か庭からの脱走に成功したカメのために、今春店主は柵を作った。柵を作った時、
 「ここは登れないだろう」
 と店主が言っていた背の高いプランターの上に、カメが登っているのを2・3日前に店主が目撃した。
 報告を受けて、私が外に見に行った時はシレっと地面に降りて、何食わぬ顔でひなたぼっこをしていた。低いプランターを足がかりにしたり、ひなたぼっこ用に置いてある台を移動させて足場にしたり、カメなりに工夫して挑戦しているらしい。何しろ時間だけはたくさんある。
 翌朝、水槽を洗っている時、店主がカメのおでこに新しい傷を見つけた。脱出を試みてプランターには乗ったけど、その先には道がなく、しかも降りられない。降りられない時は頭から落ちるようにしているようで、頭には以前にできた古傷がある。冬眠の間に大分きれいになっていたのに、また新たなスリ傷をつくった。どうも彼女には、勇気があって知恵が足りないようだ。
 そこで、店主は材木を取り出して、のこぎりと電気ドリルを手に庭に出た。カメの周りは柵から檻に昇格した。人からの見た目は今までと変らないが、カメから見て足がかりとなるプランターの前は垂直の壁となった。
 「これで安心、大丈夫」
 と出来上がった壁に店主は満足しているが、さて、これから夏の産卵シーズンに向かって、どうなりますか。今年も熱い戦いがはじまった。

5月9日
 ゴールデンウィーク中は、都内の道路がすいているので、自転車やバイクで寺社めぐりをした。午前中、お参りをして杜を歩き、昼から店を開け、本を送る。
 ゴールデンウィークが明けた最初の月曜日は、電車で明治神宮へ行った。
 原宿の駅を出て、神宮の鎮守の森に入ったとたん、よい香りにつつまれた。
 新緑? スイカズラ? 何だろう。風が来るたび香りを浴びる。
 本殿に入る鳥居をくぐって、その正体がわかった。しめ縄を巻いた御神木から、香りはまんべんなく空気をうるおしていた。「橘」と書いてある。
 いろんなことの合点がいった。
 右近の橘、左近の桜—。 おひなさまの飾りはなぜ桜と橘なのか。子どもの頃、
 「桜はわかるけど、何でタチバナ? それ何?」 と思っていた。誰にも聞かなかったので、疑問のまま大人になって、今日、橘の白い花を知った。
 「においマツタケ、味シメジ」のように、「姿の桜、香りの橘」なのね。どちらも、花の後は可愛い実を結ぶし。
 明治神宮を出て、そのまま原宿の街を歩き、乃木坂の国立新美術館で「ルノアール展」をみて、六本木のサントリー美術館へ行き、「広重ビビット展」を鑑賞した。
 色と香りが満載で、充実したゴールデンウィークであった。
 「風薫る五月」を実感して帰宅後、おひなさまの橘の由来を調べた。
 

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