ユーコさん勝手におしゃべり |
||
|
||
2月27日 忙しいことは重なる。 普段はマイペースで仕事をしている私鉄沿線の静かな古本屋だが、午前中の買い入れで店の通路がいっぱいだという時に限って、問い合わせの電話がかかったり、公費購入の書類がたてこんで来たりする。 頭の中を二分割三分割して、絶え間なく手を動かして、開店から二・三時間があっという間に過ぎる。その日発送する書籍の梱包もすんで、私が 「今日は忙しかったね」 と言うと、店主が 「そして、休みがくる」 と言う。 それから二人同時に、 「そこで、一泊旅行だな」 「そこで、のんびり…かな」 と、意見を発し、顔を見合わせて笑った。二つをくっつけて、のんびり一泊、というわけにはいかない。 店主の旅は、準備も旅の内で、綿密な計画のもとで決行されるし、私の「のんびり」は、ごろりと寝転がって妄想の世界を楽しむだけで終了だ。 「どこかに行きたい」とか「何か食べたい」と言っていては、何もはじまらない。 何もはじまらない私を尻目に、店主はとっとと旅先を決め、食の計画をたてる。 先週の休日は、車に折り畳み自転車を2台積んで筑波へ行き、からっ風に負けて予定より早めに帰宅した。途中土浦の農協の直売所でれんこんをはじめ新鮮野菜を買って、家の近所でレンタルDVDを何本か借りて帰った。 車の中で私は、冷蔵庫に鶏肉があるし、明日は炒り鶏だな、と考えていた。 帰宅後、DVDの一本目「イタリアは呼んでいる」を観る。中年英国人二人が、ミニに乗ってイタリア各地を取材してゆくロードムービーだ。素敵なホテルに泊まっておいしい料理を食べる。厨房の活気が小気味よく描かれ、出てくる料理がどれも輝いている。 見終って店主が、「明日から、イタリアンフェアにする」 と宣言する。 「え、明日から?」 と驚き、まず私が思ったのは、その日買った立派なれんこんをどうしようかということだった。 頭の中に今ある食材を並べ、鶏肉とじゃがいもを焼いて、硬めにゆでたれんこんとバルサミコ酢と赤ワインのソースで合えたら、イタリアンだなと思いついた。それと、キャベツとウインナとトマトのパスタなら、今あるもので献立がたつ。翌日はとりあえず、ありもので乗り越えた。 次に観た映画が「シェフ」。こちらはマイアミからロスアンジェルスまでのロードムービーで、主人公が魅力的なシェフである。食材の仕入れから厨房の手配、料理人の心得や調理の姿がイキイキと映し出される。 たて続けのおいしそうな画像に触発されて、店主のイタリアンフェアに拍車がかかった。 映画を観た次の朝、二人で買出しに出て、台所のカウンターは、各社のマッシュトマト、チョップトマト、バジルペーストに、色とりどりのピクルスの瓶で色彩にあふれた。 初日から10日ほどたち、今自然と、店主が主菜、私が副菜をつくり、一日一食はイタリアンをいただくイタリアンフェアが続いている。 工夫王子と受け入れ姫。私はひそかに店主と自分のことをこう呼んでいる。店主は多彩なアイディアがあり、時々突飛とも思える行動に出る。私はそれにびっくりしたり反論したりしながらも、「まぁ いいか」と何となく受け入れて、しまいには楽しんでいる。 二月も終わりに近づき、台所のカウンターに私の小さなお雛さまを出す時期が来た。 今日、お雛さまに立錐の余地も与えず並んだ食材を少しずらして空間をつくり、お雛さまを飾った。 もうしばらく、個人的なイタリアンフェアは続く。 2月18日 店にいると座っている時間が長い。 「人間は じっとしていると腐る」と思っている店主に、休日だからのんびりするという思考回路はない。 店舗休業の昨日は、今月二度目の自転車旅に出た。車に折り畳み自転車を2台積んで、先週は渡良瀬遊水地へ行き、埼玉・栃木・群馬の県境を出たり入ったりした。好天に恵まれ、にわかバードウォッチャーを楽しんだ。 今週は、茨城のつくばりんりんロードへ行くことになった。ここは、筑波鉄道の廃線跡地を利用したサイクリングロードで、旧駅がゆったりした休憩所になっている。 今回は中間地点の筑波から終点まで北上する計画をたてた。ネットで手頃でおいしそうな焼肉ランチのお店を見つけ、そこの開店時間に合わせて家を出て、11時少し前に店の前に着いた。のれんが出ていたので、 「こんにちは」 と入っていくと、私たちが最初の客で、お店のおばさんは開口一番、 「弁天様 来たの?」 と言う。 「いいえ、りんりんロードに自転車に乗りに来たんです。」 とこたえて、定食を注文する。 たっぷりとボリュームのある肉が出され、焼いてはほおばっていると、おじさんがやって来て、 「こんちわ。12時から花火あげっから、それが終ったらみんなで来っからよ。」 と声をかけて行った。 「あいよ」 と答えたおばさんに、 「弁天様で何かあるんですか」 と聞くと、 「そーよ。行ったほうがいいわよ。今日だけなんだから。 そこ(りんりんロードの駐車場)に車置いて、そっちへ歩いていくと、弁天様だから。」 と言う。 店内に筑波山梅まつりのパンフレットも置いてあった。20日から梅まつりと書いてある。 「梅園もね。もう咲いてるよぉ。きれいだから見てきた方、いいよ。今なら駐車場も只だからね。 この道ぐっと、まーっすぐ行けば、ここから車で7・8分よ。」 と教えてくれた。 完食して、昼食代を払い、 「じゃあ、今日は弁天様と梅林に行きますね。 とってもおいしかったです。」 と言うと、 「はい、いってらっしゃい。これ散歩のお供ね。」 とお釣りと一緒におせんべと飴ちゃんをくれた。 「ありがとうございます。次回は自転車乗りに、また来ます。」 と店を出た。 まず、車で筑波梅林に向かう。山を少し登ったところに駐車場がある。自然の傾斜を上手に生かしたつくりで、見晴台がいくつもあり、うわさにたがわぬ見ごたえだった。梅の芳香に包まれていると、ドーンドーンと花火の音がした。 梅林を出て車をりんりんロードの筑波休憩所に置き、折り畳み自転車を組み立てる。自転車に乗って、おばさんに聞いた方へ向かっていくが、しばらく行っても、畑と民家の田舎道だ。道ゆく人もいない。 「ホントにこっちか? 引き返してサイクリングにするか?」 と店主が言う。 「うーん、でも、花火も鳴ったし、もうちょっと行ってみよう」 とそのまままっすぐ行くと、植木の袋を抱えた人たちが来る。 「弁天様は、こっちですか」 「そう。そっちまーっすぐ、行って ちょっと左曲がるのよ」 と話しているうちに、縁日で買ったものを持った人が何人も通った。 弁天様に近づくと、それまでの田舎道が急に活気づき、細い坂道に屋台がずらりと並んでいた。 「こんな風景、見たことない! 寅さん映画そのままだ。」 と店主は感動しきりである。 弁天様は飯名神社という名で、昨日は初巳の祭りだった。この行事が地元で大切に愛されていることが伝わってくる。 旅は出会いだ。おばちゃんの言うことを聞いてよかったなと、いただいた飴ちゃんをなめた。 神社の横を流れる銭洗いの沢で5円玉をふたつ洗って、1時過ぎにりんりんロードに戻った。 北へ進路を向けて自転車をこぎ出す。午前中は無風で、梅林にいた時はおだやかだったのに、午後になりにわかに北風が吹きだす。 「ちょっときつくないか?」 「予報より早目に風が出てきたね」 と言っているうちに、下り坂なのにこいでも前に進まない程の風になった。筑波から、せめて次の休憩所の真壁まで行きたかったが、非力な折り畳み自転車では歯が立たず、途中で断念。 北風に乗って、帰りは、上り坂でもこがずに進むようだった。 「これが筑波おろしの からっ風か」 と名物を体感した。 駐車場で自転車を畳んで積み、筑波山を眺めながら帰路についた。 「弁天様 来たの?」 ではじまった今回の旅だった。偶然の出会いが、思いがけぬ素敵な景色を見せてくれた。 2月15日 短い二月のちょうど半分が過ぎて、季節の分岐がやってきた。 13日は夜中、轟音とともに強風が吹き、空気を冬から春にぬりかえた。あたたかい雨ではじまった14日に、春一番が吹いた。 こんな天気では店は開けられないね、と話がまとまり、店主と私は、上野広小路亭に落語を聞きに出た。昼の開場から4時過ぎのトリが終るまで桟敷に座って噺をきく。 2月の14日だというのに、入れ替わり高座にあがる誰一人として、バレンタインの話題を出さなかった。噺のまくらに一人か二人はあげるかなと思っていたが、うれしい方に予想を裏切られた。 恵方巻きもバレンタインも、その日になるとみんな一斉に同じ方を向くことに少しうんざりしていたので、いろんな方向を向いた話が聞けて、良かった。 寄席から外に出ると、すっかり晴れていて、気温の高さにびっくりした。 一夜明けて、今朝は寒さが逆戻りして、冷たい雨まで降っている。昨日脱いだコートをまた着て外に出ると、沈丁花の最初の一輪を見た。 赤いつぼみの群れの中に、純白の花が二つ三つひらいている。ご近所にあり、毎年楽しみにしている一本だ。もう何年になるだろう。でも何度出会っても、はじめの花には驚きを感じる。 街中で、時々よい匂いがする。花屋だったり、マンションの角の花壇だったり。 晴れた日でも、スカイツリーが今までよりかすんで見えるようになった。 日々寒暖の差が大きくなり、春が近づいてきたのだとわかる。遅咲きの梅の枝が紅く染まって、幹の中ではもう花の用意が整っていることを伝えている。 2月3日 空が高い。冬の空のひろいことに、出かけるたびに驚いて、空を見上げる。 先月末に、千葉鹿野山マザー牧場で、菜の花に染まる斜面の上に拡がる円い空を見た。 今週は鎌倉へ行き、祇園山ハイキングコースを歩いた。ハイキングの前に寺社を巡り、咲き初めた梅に目を遊ばせた。 八雲神社の脇から狭い急坂を登ると、視界がひらけ、見晴台に出る。冬の空の下、市街地の向こうに陽に輝く海が見える。尾根づたいに林の道を行く。 山の木のスイっとはいかず、歪み たわみして、ゴツゴツと伸びてゆく様子が好きだ。なでたり声をかけたりしながら歩く。登り下りのめりはりのある尾根道の終盤、北条高時腹切やぐらに出る。わき水があるのか、天気のよい日だったが、ここだけぬかっていた。洞窟に塔婆と花の手向けられた腹切やぐらに手を合わせ、東勝寺跡に出たところでハイキングコースは終了となる。駐車場に戻り、家路についた。 鎌倉市から、鎌倉霊園のある山を登り、山を下って横浜市に入る。どちらの側からも海が見える。すぐ近い距離なのに、見える景色は全然違う。鎌倉の海はどこまでも続く太平洋で、横浜側は東京湾内の港である。小さな山ひとつが、二つの都市の住み分けを、たくまず上手に演出している。 行き帰りの車の中からも、空ばかり見ていた。 千葉行も鎌倉行も、「空がきれい」と何度口に出したか。ことのほか美しい今年の空を、冬の思い出に、覚えておこう。 そして、いつか、思い出そう。 そう、次にちょいと落ち込んだ時に、自分を励ますために。 1月のユーコさん勝手におしゃべり |