ユーコさん勝手におしゃべり

11月27日
 駆け足で南下する紅葉を惜しむように、常磐自動車道を北上する。
 茨城県に入り、土浦北インターで高速道路を降りる。フルーツライン、ビーフラインとおいしそうな名前の広域農道をたどってゆく。錦あやなす山の連なりを見ながら、途中、農産物直売所で、やつがしらとごぼう、にんじん、きのこを購入する。明日は旨いいり鶏だなと午前中から明日のごはんにわくわくしている。
 目的地の竜神ダムへつく手前の直売所の食堂で新そばをいただく。常陸秋そばはしっかりと腹持ちのよいそばだった。
 腹ごしらえもすんで、竜神ダムから亀ヶ淵へ片道一時間ほどのハイキングコースをゆく。今年さいごの小春日和になるだろう晴天のもと、色とりどりの落ち葉の道をふみしめる。
 前日の雨で地面はしっとりしている。黒の地色に緑の下草が生え、黄色に茶色、そして紅の葉が降り混じる道を、
 「着物の柄みたいだ」
 と年長の友人が言う。細長く続く足元を見て、その通りだと思う。
 「春に、水色の空と桜の花を見上げた時も、そう思いますよね」
 と答えた。日本の四季について喋りながらダムへ戻ると、ダムのはるか上にかかる竜神大吊橋の真ん中から、
 「ヴァーー」
 と大きな声をあげて、バンジージャンプを楽しむ人がまっさかさまに落ちてきた。ビヨーンビヨンとワイヤーが上下して、再び上に吊り上げられる。そしてまた一人が飛び出して吊り下がる。
 いろんな嗜好を持つ人がいて、それぞれの楽しみを楽しむことを、平和だなぁとよろこぶ。
 冬眠する飼い亀へのおみやげに、大きさや色形が異なる葉っぱ数枚を拾って、リュックのポケットに入れて帰った。

11月22日
 急に季節が進んで、朝晩冷え込むようになった。昼間の好天も持続時間が短く、3時を過ぎるとスッと足元が冷えてくる。
 食卓に並ぶ果物も、ぶどうや梨から、柿やみかんに変わった。みかんを食べると皮は外に干す。カラカラになったら網袋に入れる。みかんのお風呂はなつかしい冬のにおいを浴室につれてくる。
 店主は今週友人たちと今年最後のバイクツーリングに出かけた。春まで遠出はしばらくお休みで、それはそれなりに整備に余念がない。
 各地に紅葉が広がって、飼い亀の冬眠時期も近づいてきた。昼間は元気に歩いているが、夕方暗くなると水槽にもぐって動かない。水槽には水と一緒に紅い桜の落ち葉をたくさん入れてある。水は色水になっていて、最初は亀の肩口からピンクになり、今では顔までほんのり紅く染まっている。昼間顔を出すと、アイシャドーに口紅までしたようで笑いを誘う。
 近所の公園や出かけた先で、足元をみる。「私をひろって」って書いてあるようなつやつやな紅い葉っぱをひろって持参の袋に入れる。
 先日は鎌倉へ行き、銭洗弁天ハイキングコースを歩いた。冬眠用のふとんが袋いっぱいにたまるころ、今年の亀との散歩も終了になる。

11月19日
 先月、中禅寺湖ハイキングに行った時、森の中で帽子を忘れた。かぶっていた帽子をかたわらに置いて休憩し、そのまま歩き出してしまったらしい。しばらくたって気付いた。街中なら取りに戻れるが、アップダウンでヘトヘトだったのであきらめた。
 帰りの車中で、デジカメの画像を、
 「この時はまだかぶってる」「ここでもまだ大丈夫」 と追ってゆく。
 「あ、この時だ。この倒木に腰掛けておにぎり食べた時に脱いで忘れちゃったんだ」
 次の写真にはもう帽子はなかった。
 何日かして、一緒に行った店主が、ふと、
 「今ごろボロボロになってるかねぇ。ゴミを置いてきちゃったねぇ」
 と言うので、負け惜しみで、
 「ううん、きっとリスが見つけて、『あったかくていいな』って巣に持って行ったよ」 と言った。すると、
 「イヤ、サルが見つけてかぶってみたかもしれない」 と話に乗ってきた。
 「子ザルが取り合ってケンカの種になったかも」 「シカがトイレにしてポロポロポロって中にウンコしてるかも」 「そうじゃなくてクマが…」 と続けているうちに
 「これって絵本になるね」 と店主が言った。
 「そうだね、『忘れたぼうし』。やっぱりリスが巣に持っていって、春に赤ちゃんのベッドにするのがいいよ」 と答えた。
 それ以来約一ヶ月、時々、「今ごろあの帽子は…」 と話題にしている。
 「エア絵本」である。絵にするでもなく、文字におとすわけでもないが、なんとなく空中にそんな本があるような気がしている。
 冬のハイキングに帽子なしはつらいので、今日新しい帽子を買った。 

11月9日
 好きなものについて語るとき、人は実に楽しそう。
 古い革装の本について問い合わせがあり、店舗に見に来たお客様が、この本がいかに他の本と違っているかについて語る。18世紀の空気を詰め込んだまま、欧州から日本にやってきて生き残った、造りのしっかりした小さな一冊である。そのお客様に出会うまで、自分が掘り出し物になるとも思わず、ただ one of them として暗い書庫に眠っていた。
 「ほら 『○○○』って書いてあるでしょう」 と扉頁を読むお客様のうたうような声を、長く大切に読んでもらえる人に本を届けられた証しとして、うれしく受けとった。
 問わず語りに本への愛情があふれてくる人もいるし、「よくぞ聞いてくれました」ということもある。
 定期的に戦記を買いに来てくれる80代の方は、戦争には反対だし平和に感謝しているが、15歳から18歳の自分の青春が海軍の船の中にあり、一生の友をそこで得たことは否定できない事実として大事にしている。船内外の出来事や艦隊のメカニズムを本の中で追体験し、当時の空気を語ってくれる。その時だけ、ふだんの加齢で不自由になった体から解放され、声も若やぐ。
 聞く耳を持つ人にしか話さないので、もっぱら相手は船経験のある店主である。店に私しかいないと、挨拶と少しの世間話を交わす普通の一人なので、若やいだ語り口は、お客様と店主が話す時だけ聞くことができる。
 私も今日はウキウキしている。昨日今日と、店舗の裏手にある地区センターで年に一度の地場産業展がひらかれた。地元の企業や職人さんが出展している中に、そのカバン屋さんもある。何年か前にそこで買った革をあしらったリュックが使い勝手がよくて重宝していたのだが、ファスナーが壊れてしまった。大分くたびれてもきていたので、同じものがあればいいなと思っていたのだが、今年もちゃんとあった。以前のと色違いのものが出ていたので、即購入。お店の方も覚えていてくれて、そのカバンへの愛着とファスナーの件を告げると、「直しますよ」とにこやかな対応だった。よろこんで帰宅し、会場に持っていった。
 経年して形がなくなっているが、いろいろな乗り物に乗り、いろんなところへ一緒に行ったリュックだ。今回最初に新品の同型を見た時、私は
 「あ、四角い。四角かったんですね。」 と言った。形の変化をお店の方は、「味わい」と言い換えた。愛着のあるリュックが一週間もすれば戻ってくる。そして四角い新人が次の旅へ仲間入りだ。
 「待ちきれないなぁ。今日もうおろしちゃおう!」
 と今朝思い立った。そして誰に会うわけでもないのに、ニコニコしてこうして語っているのだった。

11月5日
 菊の花色が鮮やかな季節となった。
 「そばが食べたいね」 と店主が言う。
 「近場でちょっと行こうか」となれば、あそこだなとピンとくる。
 「私はうどんにする!」
 バイクに二人乗りして、江戸川を北上し、埼玉の鷲宮へ向かう。変哲のない市井の店だが、そばもうどんも手打ちでうまい。店の開店時間に合わせて到着し、店の裏にバイクをとめた。
 店に着くなり、大もりそば二枚とせいろうどんの大もり一枚を注文し、おいしくたいらげた。
 昼近く混んでくる前にお店を出て、ヘルメットをかぶっていると、店のご主人が麺打ちの作業場から出てきた。バイクを指して、
 「いい季節ですね」 と言う。店主が、
 「ご主人も乗ってるんですか」 と聞くと、「イヤ、昔はね。今はバイクは出前のカブだけだよ。」 と笑った。
 「でもね、車はそっちにあるんだ。」 と言って、ガレージを見せてくれる。麺工房の横の木造のガレージには、往年のスカイラインと、ピッカピカのダットサン フェアレディが入っている。工具もきれいに棚に納まっていて、
 「すごいじゃないですか。理想のガレージですね」 と店主が感心のため息まじりで言う。三人とも満面の笑顔になって、
 「写真とってもいいですか」
 「ええ、どうそ」 と、ほんの2・3分ながら、忙中閑有の時を過ごした。
 「そば、おいしかったです。また来ます。」
 「ありがとうございます。またどうぞ」 と言ってご主人は厨房へ入っていった。
 今までそこでは、そばとうどんしか見ていなかった。それで満足していたが、今回偶然に、それを作る人を知る機会を得た。ものは人がつくっているのだと、あらためて知る。中の人を知り、その店がますます好きになった。「人に趣味ありだなあ」と、感慨深い出会いだった。
 秋は新そばの季節だ。先月初め、栃木県粟野で見た一面のそば畑の白い花が、もう実り収穫されている頃だ。来週あたり足を伸ばして、新そばを食べに出かけよう。

11月2日
 東京に最初の木枯らしが吹いた頃から、朝、すずめがチッキョチッキョとさえずる声がするようになった。店の前の電柱の変圧器の下で今年も営巣するのだろう。どこにいても食べ物が豊富で巣の必要がない夏の間は、出入りを見かけなかったが、ここのところ3階北側の窓を開けると観察できるようになった。
 木枯らしの後、今日は小春日和となった。自転車に乗って荒川土手を海まで下った。堀切から東京湾の河口までは10Km程の自転車道がある。途中葛飾区から江戸川区への区境を越え、江戸川競艇場が近くなるあたりでリーリーリーと虫の声がした。今夏はデング熱の騒ぎで、町の小さな公園に至るまで「蚊にさされないように注意して下さい」という看板が掲げられ、草叢は消毒された。
 おかげであまり蚊にさされない夏だったが、虫の声も消えてしまった。久し振りに聞く秋の音色に、「いるところには ちゃんといる」と安心した。ススキの群生を越えて河口まで出たら海の香りがした。
 帰路は橋を渡り、荒川の対岸側を遡る。堀切を通過して足立区に入り、埼玉との県境まで走った。ここで再び橋を渡って堀切へ戻り、都合47Km、好天の午前中いっぱい、ママチャリ旅を楽しんだ。
 秋の陽気は変わりやすい。すずめも「蟄居 蟄居」と鳴き交わしながら冬に備えていることだし、そろそろこの冬読みたい本を枕元に積んでみようか。

10月のユーコさん勝手におしゃべり
それ以前の「おしゃべり」