ユーコさん勝手におしゃべり

10月31日
 今朝、書庫の前で店主と洗車していると、よくここらへんを散歩している近所の保育園の一団が見えた。みんな手作りのマントとぼうしをかぶってハロウィーンのいでたちをしている。
 店主が、「何かあるかな…。何かなかったっけ?」と聞く。
 「あめならあるけど、足りるかな」
運転に飽きたら舐められるように、車にはいつもいろんなあめを少しずつ乗せてある。急いで確かめると数は足りそうだ。にぎやかな一団が車の横を通るとき、あめの容器を開いた。
 「みんなひとつずつだよ。ひとりひとつずつ、どーぞ」 と声をかけると、小さな手が伸びてきた。
 「これはなーに」 「それはくだもの味だよ」
 「これは?」 「それはのど痛いときにいいやつ。そっちのはキャラメル味だよ」
 「これは?」 「あ、それは梅干しだよ。あめじゃないよ」
 「あたし、梅干し食べられるよぉ」 「そぉ、すごいね。」
 とひと段落して、崩れた列が再び整列すると、引率の二人の先生が、
 「みんなここであけちゃダメだよ。おうちに帰ってからね。
 あめは先生に渡してください。」 と回収した。一人の先生が、
 「アレ、13個あるよ。11人なのに、おかしいな」 という。誰かちゃっかり二つもらったらしい。 可愛いいたずらに、
 「二つは先生の分ですよ」 とすかさず園児の代わりにいいわけをした。
 先生が、「じゃあ お礼をいいましょう」 というと、声をそろえて 「ありがとうございました」 といって去っていった。数軒先のおうちからも、奥さんが出てきて何か渡し、また子どもたちがわきたった。「チョコだ」 と声が聞こえる。整列して、「ありがとうございました」の唱和のあと、
 「すごいなぁ。もっとまわろうよ」 と男の子のはしゃいだ声がした。
 店主と顔を見合わせて、「きっと ちゃっかりさんはあの子だね」 と笑い合った。

10月30日
 真夏日、台風、、台風、木枯らし、
 この秋の天候はつるべ落とし。前の台風がいったあと、急に冷え込んだので、店主が近くの神社で落ち葉を拾ってきた。飼い亀の水槽に入れてやると、朝晩寒い時にはもぐりこんでいる。日がたつにつれて、水槽の周りに桜の葉の香りがただよった。
 次の台風のあと、店主は再び自転車の前かごにビニール袋を入れて、落ち葉拾いに出たが、しばらくして手ぶらで帰って来た。
 「きれいな葉がなかったよ」 という。
その時は、「冬眠まではまだ一ヶ月もあるし、今は台風のすぐあとだからまたの機会でいいんじゃない」 と軽く受け流した。
 例年、東京の桜の紅葉は11月の末だが、夏の猛暑と急な冷え込みで、力のない葉は台風をきっかけに落ちた。既に冬枯れの様相の木もある。そして力のあるものは、まだ緑だ。一本の木の半分はすっかり落ち、半分は夏のような緑というものもある。
 何だか先が読めなくて、心配な今年の紅葉もようである。

 とりあえず、今楽しめることを、今楽しんでおかないと、というわけで、昨日は海鮮を求めて、千葉の銚子港へ出かけた。
 ドライブ旅の楽しみは、道の駅の直売所。今回の収穫は、多古町の生落花生「おおまさり」で、目を疑うほど大きい。道の駅の人に食べ方を尋ねると、塩ゆでして食べると「ものすごくおいしいです。うちのおふくろもいつも大量に茹でて冷凍庫に入れてるんですよ」と、うれしそうに教えてくれた。
 帰宅後、圧力鍋で10分茹でて食べてみた。今までの細長いピーナツのイメージをくつがえす新食感。ピーナツバターを舐めたみたい。1パック250円は安かったなあ。口にしたものはみんなおいしかったけど、こういう新たな出会いはうれしい。
 一夜明けて今朝、おそらく今年最後となるむくげが、純白の花を開いた。

10月17日
 ため息の出るような秋晴れ。
 東北自動車道で北へ向かう。台風一過の青い空に雲が浮かんでいる。
前方の上空に、細長く両端が鋭角の雲がある。運転席にいる店主に、
 「ねぇ、フランスパンみたいな雲」 と声をかける。
 「ほんとだ。上の方の焼き目のところが、そっくりだ。皮のよく焼けたやつ」
 「そう、細くて、カリッカリに焼いたやつ」
 と話がはずみ、車の中にいるのに、二人とも口の中に味が再現できていた。
 都賀で高速をおりる。昨日までの台風26号の風雨で枝葉の積もった山道をゆき、前日光横根高原へ向かう。
 前日光牧場の駐車場の前の草地で、牛が草を食んでいた。ハイキングの身支度をしていると、保育園のバスがやってきた。バスから、先生に誘導されて園児が次々出てくるのを見ながら、井戸湿原に向けて歩き出す。草紅葉は終わり、つつじの葉が赤くもえていた。
 途中の道で、店主がどんぐりをひとつ拾った。みどりから茶色まで、ひとつのどんぐりの中でグラデーション柄ができている。
 「きれいだねえ」 「これ、どうしようか」 と話しているうちに、
 「どこかで会うだろうから、あの園児にあげよう」 ということになった。
 ただなんとなく持っていただけのどんぐりが宝物のようになり、店主は、大きくて茶色のつやつやしたもうひとつのどんぐりと一緒に、胸のポケットにそれを入れた。
 湿原を一周散策して、駐車場に戻り、ロッジで手打ちそばをいただく。駐車場にバスはあるが、園児たちの姿は見えなかった。
 「誰もいないね」
 「私たちと違うルートでハイキングに行ったんだね」
 「バスの前に置いていこうか」
 バスをぐるりとまわり、出入り口のステップのところに、二つのどんぐりをキチンと並べて置いてみた。
 「ここなら誰か気付くね」 「何と思うかな」 「誰か何か言うかな」 と話しながら自分たちの車に乗って、前日光牧場を後にした。
 前日光つつじの湯まで下り、温泉に入ってそばを食べ、夜まで過ごす。帰りに外へ出ると、露天風呂で地元のおじいさんが、「今日は十三夜だ」 と教えてくれたと店主が言った。
 見上げると、薄い雲ごしに、月が明るかった。


10月13日
 10月もなかばに入ったというのに、熱帯夜だったり真夏日が続いたりで、早々に扇風機をしまった部屋でうちわが活躍している。
 昨日、秋の明るい日ざしに誘われて堀切菖蒲園へ散歩に出た。店を出たときは、まさかそんなに暑くなるとは思わなかった。汗をかきながらひと気のない真昼の公園を歩く。
 萩は終り、茶の花が咲いていた。池のそばを通ると、すっかり人馴れした亀が鯉のように泳ぎ寄ってくる。
 最初の一輪をたたえたさざんかの横で、返り咲きのむくげが枝いっぱいに花をつけている。夏のような日をあびて、冬桜が困ったように咲いていた。10月の冬桜の咲き初めを見るといつも、「けなげ」ということばを連想するのだけれど、今年は何か違う。
 いつも通る道なのに、宙に浮いて別の世界にいるような不思議な感じがした。
 暑いといえば暑いのだが、陽のさす方向が、夏のようにてっぺんからではなく斜めだからか、と気付いた。暑くても夏とは空気が違うから、色も違って見える。
 店に戻ると、FMラジオが、今日も31度を越える真夏日になったと言っていた。東京でもっとも遅い真夏日を98年ぶりに更新したそうだ。
 「かつて経験したことのない」気象現象がまま起こる昨今だ。98年前にもこんな年があったのかと思うと、ちょっとほっとした。

10月9日
 少しずつ何度かに分けてプランターの植え替えをしている。
 秋冬から春にかけて毎年メインはビオラになる。ビオラに変えて、朝の花がら摘みが忙しくなった。小さい花が次々咲いては次々終わる。覚えては忘れる知識のようだな、と、今夏の栂池高原を思い出した。
 ビオラは日常の花だけれど、高原の湿原で出会う花は非日常だ。
 8月の終りに、北アルプス栂池自然園と白馬八方尾根に出かけた。自然園へ入る前にビジターセンターで、今咲いている花の一覧を確かめて出発した。
 「少しずつ覚えてセッセと忘れる。」ってことかと、天然の花畑になった山の道に入って思った。北アルプスに行く前の休みには奥日光へ行っている。そこでもビジターセンターで確認したはずなのだ。
 また同じものに出会って、調べて覚え、また忘れてしまう。
 「ああ、この前奥日光で見たあれだ。あの…あれ…、あれ?」
 それでも少しずつは蓄積されて、「あ、○○だ」と呼びかけられるものもある。そして、名前のわかった花は、友達になったと感じる。
 それがうれしくて、植物図鑑は携えない。ビジターセンターの手書きのホワイトボードで確かめて、一周まわって帰りにまた答え合わせをする。
 スローなペースで、非日常の花はいつまでも非日常でいてくれる。
 そろそろ紅葉だなあと、見渡しても山の見えない東京の下町から、遠い山々に心をとばす。

9月のユーコさん勝手におしゃべり
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