ユーコさん勝手におしゃべり

7月29日
 朝から暑い日だ。
 自転車で買い物に出ると、ご婦人が家の前に打ち水をしていた。そのむこうで、ネコがアスファルトにできた浅い水たまりの水をペロペロのんでいる。
 家にちゃんとした水があるんだろうに。ああいうのがうまいんだよね。
 飼い猫にとってあれは、駄菓子屋の買い食いのようなものだろうか。
 今各地で花火が盛んに行われている。夕べは隅田川の花火だった。音に誘われて、店を閉めた後、荒川の土手に見に行った。荒川ごしに川向こう隅田の花火が見える。今年は花火の横に花火より高くスカイツリーが建っている。それから報道ヘリ、花火が小休止の間も何機も特大ホタルのように上空を飛んでいた。
 ここちよい風が吹いて花火日和だったが、往時の花火の風情は偲ぶべくもない。ビルの灯ごしの花火に、今人は電気とともに生きているんだなと、実感した。

7月28日
 亀、産卵。
 飼い亀が卵を産んだ。朝外に出ると水槽から「ちょうだい」とばかりに首を伸ばす懐っこさがなくなり、エサを食べない産卵態勢に入ってからが今年はやけに長かった。それが今朝は顔つきや態度が穏やかになっていて、水槽を見ると石の間に卵がひとつあった。
 昨年は5こずつ2回産んだのだが、1こでも5こでもおなかに卵を抱えるつらさは同じらしい。産みの苦しみが終わって、ケロペロリと今朝はたくさん食べた。「もっと」というようにこちらを見る。
 「あとで干しえびをあげようね」と約束した。
 プランターには蝶の幼虫がいる。コンクリートで囲まれた小さな人工の自然の中にも、小さな命の営みは行われていて思わず笑みをさそう。
 しかし今週は猛暑が続いていて、さすがに大きな自然の涼しさに抱かれたく、那須高原へ出かけた。沼原湿原には野菖蒲が鮮やかに咲いていた。木道の散策ルートを通ったが、途中猿の群れが木道を占拠していた。自然の中ではあちらが先客なので、引き返し、別ルートを通った。栃木・那須から福島・会津へ入りおいしいそばをたいらげ、直売所で野菜と果物を買って帰った。
 帰途東京に近づくにつれ、空気がぐびぐび暑くなる。でも、昨日は冷たいトマトのパスタ、今日は茄子とピーマンみそ炒めと、かの地の自然の恵みをいただいて、猛暑を何とか乗り切ろう。

7月14日
 店舗の前の道路にある電柱にスズメが営巣している。変圧器を支えるパイプの中の細長い空間にいったい何羽いるのやら、かわいい声と鳴き交わしながらエサを運ぶ親スズメの姿がある。
 7月10日の朝、いつもよりかまびすしく鳴いていたので、3階の窓のカーテンを開けてみると、ポヨポヨの産毛につつまれた子スズメが変圧器のまわりに出ていた。毛糸玉のように丸々している。ちょこちょこ動くし、皆そっくりなので、何羽出ているのかわからない。勇気のある者は、電柱から2メートル程先の駅のホームの屋根まで飛んでいる。巣からちょっと出てみただけの子は、電線やパイプの上を歩いている。ぱたぱたはばたくが飛びはしない。パイプの中からも小さい声がする。まだ外に出ていないヒナもいるらしい。
 いくら見ていても飽きない図で、しばらく眺めていたが、目線を少しずらすと、電柱から駅舎をはさんでむこう側のマンションの屋上に、2羽のカラスがくっきり見えた。あちらも屋上に営巣しているのだろう。全身黒いので、実物を見ていてもシルエットを見ているようだ。
 あれから毎朝、スズメの子を見ている。だんだんポヨポヨではなくなって、親と見分けがつきにくくなった。♪誰が生徒か先生か♪とめだかの学校の歌が脳内に流れてくる。
 しかしどうやら冒険に出るのは早朝だけのようで、しばらくすると巣に入り、親がまたせっせとエサを運んでくるのだった。親とまったく見分けがつかなくなったころ、皆巣立ってゆくのだろう。
 注文の本を書庫にとりに行くたびに、駅舎のつばめの巣をのぞく。つばめのお宅は昼間はもう皆出はらってお留守だ。と思ったら、今日は一羽、巣のすぐそばにとまっていた。じっとしてたまにあくびなどする。親がエサを持ってくるのを待っているのかな。
 一人立ちまでもう一歩。季節が進むのと追いかけっこで、自然の営みが続いている。

7月9日
 上野のパンダに赤ちゃんが産まれて、インターネットでその映像を見た。小さな命は無条件にかわいい。
 今、うちの店のまわりでも小さなわくわくがいくつも育っている。
 まず亀。それまで10数年オスだと思って飼っていた銭亀が昨年7月に卵を産んで、メスだったと判明した。今年も7月に入ってソワソワしだした。夜は寝ているが、明け方明るくなるとバタバタ動き出す。好物のエビをやっても食べない。店の横に簡単な囲いを作って放してやると、今まではそこで満足してひなたぼっこしていたのに果敢に脱走をこころみる。
 先日店番中に、ご婦人が入店して、「すみません」と私に声をかけた。
 「はい、何でしょうか」
 「あの、おたく 亀、飼ってます?」
 「はい、飼ってます」
 「脱走してますよ」
 「えぇっ、すいません。ありがとうございます」
 慌てて外に出ると、店のドアの前で、亀がこっちを見上げていた。
 「教えていただいて、ありがとうございます。」
 と恐縮して、亀を水槽に戻す。産卵が済むまでもうしばらくは、落ち着かず食事せずの日々をすごすのだろう。
 それからスズメ。店の前にある電柱の変圧器を支えるパイプの中にスズメが営巣している。店の3階の窓を開けるとちょうど同じ高さにあり、鳴き交わす声につられて時々様子を見ている。7月のはじめから親鳥の出入りが盛んになり、最近中から小さなさえずりが聞こえるようになった。その矢先のこと、早朝あまり騒がしく鳴く声がしたのでそっと窓を開けてみると、カラスがスズメの巣のあるパイプにくちばしを突っ込まんとしていた。ところが細くて長いパイプの奥へは顔が入らず、人の気配も察して、カラスは飛び去った。
 数年前にもこのパイプ内に営巣したスズメカップルがいたが、カラスにみつかり途中で断念したことがあった。それからは、食糧貯蔵庫や遊び場としてここに出入りはしても、本格的な営巣はしていない。今年はうまくいくといいなと期待している。
 とはいえ、スズメもカラスも我が身を守るため一生懸命なのだから、こちらからは手出しも口出しもできない。
 そして今日。店主と午前中所用で出かけた。帰途、店主が工具屋さんに寄ると言うので、私はその店の駐車場で、乗ってきたバイクのシートを机代わりに今書いたような思い付きをメモ紙に書いて待っていた。買い物を済ませた店主が店から出てくると、頭上で「ピー」と声がした。
 「鳩だ」 と店主が言う。
 「鳩の声じゃないよ」 と言って見上げると、工具屋の2階の換気扇の吹出し口に一羽の鳩が飛んできた。中から「ピー」と声がして、2羽のちいさな顔がある。
 野生の鳩の巣をはじめて見た。
 「鳩もヒナのうちはポポーじゃなくてピーって鳴くんだね。ひよこだね。」 としばらく見上げた。
 白黒のパンダ柄がなくても、赤ちゃんパンダはパンダなのといっしょだ。
 初夏の日ざしが、いろんなものを育んでいる。

7月4日
 あれほどうるさく朝から鳴き交わしていたカラスの声を、ここ2・3日トンと聞かなくなった。子育ての終了だろうか。巣にも街にも平穏が戻った。
 堀切菖蒲園の駅舎の子ツバメは、盛んに飛行練習をしていて、この間は、親についてガードの下をぐるぐる回っていた。道端の植え込みや公園で小柄なすずめをよく見るようになった。まだ飛ぶのがそう上手でない様子がかわいらしい。
 先日のことである。私が店番をしていると、外でカラスの鳴き声がした。
 「カーカーカー」と何度も繰り返す。声があまり近いので机から頭を上げると、店の前のフェンスにカラスが一羽とまっていた。うちの店は堀切菖蒲園の高架ホームのすぐ下にある。店の前には3メートルの道路を挟んでフェンスがあり、フェンスの向こうの土手の上は上り線のホームである。
 フェンスの上のカラスはしばらく「カーカー」と鳴き、そのうち、「クワックワックワッ」と短く鳴いてみたり、足踏みしたりしている。しきりに頭を上げ下げして、踊っているようにも懇願しているようにも見えた。
 不思議に思ってガラス越しに見ると、フェンスの下に子どもが落としたのかお菓子らしきものが散らばり落ちていた。しばらくフェンスの上でパフォーマンスをしたあと、カラスは地面に降り、すぐにはくわえずに、食べ物の周りを歩いて回った。首もまた上下に動かしている。
 「何で食べないのだろう」と思ったが、しばらくすると、サッと大きな塊をくわえて飛び去った。
 カラスが去ったあと、若い男性3人組がうちの店のテントの上に目線を投げて喋りながら通り過ぎた。
 そこで「ア」と気付いた。ふくろうだ。店の看板にふくろうの置物がある。もう何年もそこにあるし、他のカラスは平気でふくろうのそばに下がっているハンギングプランターの椰子マットをむしって巣材に持っていっている。でも、あのカラスには初めての出会いだったのだろう。置物のふくろうの大きな黒い目がこわかったのだ。
 その後また彼は戻ってきてフェンスにとまったが、もう落し物はなく、すぐに飛び去った。「動かぬふくろうはこわくない」とわかったのか、今度は何のパフォーマンスもなかった。

7月2日
 梅雨らしい霧雨が降っている。少し肌寒い朝だ。
 このところ夏日が続いていたので、こんな日もいい。
朝、パソコンを開け、お客様からの注文メールを見る。コーヒーを淹れる前にこうして今日の流れをみるのが習慣になっている。
 「あら…」
 明治の頃の教科書に注文が入っていた。昨日一点、今日一点。
 収納してある書棚の扉を開けて、おとといの晩の会話を思い出す。閉店後、別の分野の注文の本をとるのに、この扉を開けたとき、店主が、
 「こっちは、もう全然動かないな」 と言ったのだ。
 「そうね。でもそのうちまた必要な人があるでしょ。いつ何が必要になるのかわからないものだから。」 と答えた。それから、
 「話題にしたから、動くかもね」 と言い添えた。
 これはある種のジンクスである。店の本も書庫の本も、日々ランダムに売れてゆく。特に人気の棚はないが、不人気の棚は存在する。
 それが、「何で売れないかなあ」とその棚のことを話題にしたり、整理のために本を動かしたりすると、不思議とその直後に問い合わせがきたり注文が入ったりする。
 そんなことが何度かあるうちに、「店で話題にしたら売れる」というのはジンクスになった。世間の流行り廃りとは関係のない、何かの波長が誰かと符合するのだろうか。

 梅雨の中休みだった先週、店主と佐原の水生植物園へ出かけた。あやめ祭りが終り、はす祭りまではまだ少し間がある時で、遅咲きの菖蒲と、睡蓮やコウホネ、そして早咲きのハスの大輪が見られた。高速道路で茨城に入り、潮来の街を通って県境を越え千葉県佐原へ向かう。道路はあちこちに段差があり、電柱も傾いている。そこここで震災からの復旧工事が行われている。それでも花は元気に咲いていた。
 水郷十二橋めぐりのサッパ船に乗り、船頭のおじさんと話をした。乗り合い船だが、あやめ祭りも終わった平日で、他にお客さんもいなかった。
 「それからサ、大事にしていたナポレオンとかの酒のコレクションがみんな落っこちて割れちゃった。全部床がのんじまったサ」 と、瓦が落ちて建物に被害があったことより、コレクションの崩壊のほうが口惜しそうだった。それでも船頭をして、農業もやり、夜の缶ビール一杯の晩酌が楽しみ、とおっしゃる。お歳を聞くと、「78歳」だという。戦時の空襲、今回の震災を経て、この地に根を張り、意気軒昂だった。
 帰り道、農産物直売所で甘いトマトとブルーベリーを買って帰った。
 来週からははす祭りもはじまる。この夏には早起きして、大きなハスの花がぽわんと咲くところを見てみたい。

6月のユーコさん勝手におしゃべり
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