ユーコさん勝手におしゃべり

9月26日
 今年の残暑は尾が長かった。22日にさいごの猛暑日がやってくるという予報を受けて、さいごの奥日光避暑旅に出ることにした。早朝、コーヒーセットと敷物を車に乗せて出発する。東北自動車道を北上すると、稲刈りを待つ黄金のじゅうたんが続く。田の景色は、通るたびに成長し変化する。いつ見ても手を合わせたくなるような充足を感じる。
 車はいろは坂をのぼる。高度が上がるごとに涼しさは増し、上着をはおった。いつものパン屋さんで朝食を買い込み、湯の湖畔でコーヒーを淹れる。敷物をしく場所も決まっていて、すっかり我が家気分だ。
 ビジターセンターで職員さんに「ふもとは35度だって」ときく。奥日光は18度ほどだろうか。前回来た時には赤ちゃんだった源泉近くの鴨の子が、青年に成長していた。
 散策後、予約していた宿に入り、硫黄の温泉につかる。夜には雨が降り出した。
 翌朝、雷光で目が覚める。窓の外にあった湖は霧でけむって見えない。風も吹き気温もぐっと下がる。昨日までの夏が一気に秋になった。
   「どしどしと 季節あらたまり 風吹きて
  そこらいちめんに 涼しきもの満つ」
まるで今日のことだと、頭の中で何度も高村光太郎のこの歌を唱えていた。
 帰りは南下する雨雲とともに南下、散策はできないので、帰路にある博物館のはしごをする。
 知らないことがたくさんある。こんなことを調べ、集めている人がいる。それを知るだけでこの世にいることがうれしくなる。
 帰宅すると、昨晩までの熱帯夜がうそのように涼しくなっていた。毛布を一枚出した。
 あれは季節を分ける雨だった。終わらないのかとも思った残暑は去り、秋雨の季節がやってきた。

9月16日
 お客様から注文がある。うちの書棚では別々の分野に分かれ、別々の時期に出品した本を、あるキーワードでピックアップして複数冊購入される方がいる。
 古本屋の棚は、過去の多数の人の蔵書の集積で出来上っている。ある人が、ある意図をもって集めた本を、店では店の分類で仕分けていく。購入者は、また別の視点でその中から抜き取り、自分の収集を完成してゆく。著者ごとにまとめたり、同じシリーズだったり、お気に入りの出版社で集めたり、分類は人の数だけある。
 本の束は、フィルターとしての古本屋を通るごとに形を変えて、集結と拡散を繰り返す。
 「そういう視点もあったのか」と感心することもある。本にとっても「その見方、よくぞ見つけてくださった」とうれしい瞬間だろうと思う。

9月13日
 9月も中旬に入り、猛烈な残暑も落ち着いてきた。朝晩は涼風を感じる。
となれば、9月の最大の楽しみは萩のトンネルだ。春の桜と初秋の萩は満開が待ち遠しい私の二大快楽である。トンネルの出来具合を見に、いそいそと堀切菖蒲園へ行く。ひとけのない園内は草刈り作業中で、草刈り機の音が響いていた。草色に染まった池で泳ぐ亀にあいさつをして、萩のトンネルに入る。出来は上々、これで花が咲きさえすれば、木洩れ日きらめく夢の世界の完成だ。あと10日ほどで見頃だろう。いつ向島百花園へ行こうかと、カレンダーと相談する。
 この時期、夏の花は盛りを過ぎたが、秋の植え替えにはまだ早い。花壇の淋しい頃である。淋しさに拍車をかけるようにこの夏、バラが死んだ。安価で買ったミニバラだったが、春と秋律義に花をつけ何年も楽しませてもらった。
 今年旅の途中で寄った庭園に、イタリアンパセリとバラを一緒に植えると、バラの発色がよくなると書いたプレートがあったので、帰宅時にホームセンターでイタリアンパセリを買った。バラのとなりに植えると色味もきれいで、パセリはつまんで料理にも添えられるし重宝していたのだが、まさか主役のバラが逝ってしまうとは…。
 パセリは今日も食卓のサラダにのった。春に掘り上げて干しておいたムスカリの球根を、バラのあとに埋めよう。
 消えたものへの記憶と感謝の上に、新しい芽を育てよう。

9月3日
 本日発送の本たちをカートに入れて、郵便局に行く。9月に入ってもいつまでも暑い、というより9月に入ってからの方が一層暑いように感じる。
 商店街を通って、駅前の交差点で空がひらけた。ふと顔を上げると、みごとなひつじ雲がひろがっていた。「わぉ」と声が出そうになる。路地の細い道の上には細い空しかないが、大通りの上には空がひろがっている。上を向き首を回すと、高い空中がひつじ雲だった。
 気持ちまで明るくなるようで、軽い足取りで郵便局の窓口へ行く。帰りも空を見上げながら、羊飼いになった気分でカラのカートを引いて店に戻る。外で均一台の手入れなどしていると、店主も外へ出てきたので、「見て、空」と誘導した。空を見ていると、近所の焼肉屋さんのご主人が通り、お互いに「こんにちは」と挨拶する。
 「雲がみごとなんで、見ていたんですよ」と言うと、
 「ほんとだ。すごいなぁ」と応える。
 「ひつじがいっぱいいるみたいでしょ」と言ったら
 「わたみたい。ほら、ふとんの打ち直しするときみたいですよ」と返ってきた。
 「○○ちゃんにも見せてあげたいな」と娘さんの名前を言う。いつも子ぼんのうでほほえましい。彼はバングラデシュ出身だが、「ふとんの打ち直し」という忘れていたような言葉がするりと出てくる。
 いっしょに空を見上げる、1・2分の楽しい時を過ごした。
 暑いとはいえ、日没はずいぶん早くなった。日除けネットの必要な時間も短くなった。そのうち、ゆっくり、秋は来るつもりなのだろう。

8月のユーコさん勝手におしゃべり
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