ユーコさん勝手におしゃべり

8月30日
 髪を切りに美容院に行く。髪をなでつけられるように手入れをしてもらっていると、先日読んだ本のことを思い出した。
 田んぼの「朝露切り」の話だ。
 「広い田んぼにお父さんとお母さんが朝早く出かけて行って、向こうとこっちに糸を引っ張って、二人で葉っぱの上をダーッと撫でてやるんです。江戸時代からあったそうです。田んぼには肥料をやればたくさん獲れるわけじゃないんですね。やりすぎると伸びすぎて倒れてしまうんですが、朝露切りをやることによって米がたくさんついても倒れない、ということでやっていたんですね。露を糸で払うというのは手で触ってやるのと同じように刺激を与えることなんです。昔から伝わっていた知恵なんでしょうね。」
 というものだ。盆栽も「手を毎日かければ太くガッシリしたものになっていく。ただ飾っておいたのでは、ヒョロヒョロになっていくんだと思います。」 とあった。
 髪を整えてもらいながらのたわいない会話の中で、花も触ったり声をかけると刺激になっていいらしいという話をすると、美容師さんが、
 「そうですね。私もブローするときに『艶が出るように、艶がでるように』と心の中で思いながらやると、艶がでてくるんですよね。それから、縮毛矯正のお客さんにアイロンをかけるときは『伸びろ、伸びろ』と胸で唱えてます。その方がきれいに伸びる気がします」と言う。
 人智を超えた「何か」は、目に見えるところにも見えないところにもある。数値化しても微妙にこぼれる微細なところに、あるいは大きすぎて見えない、はかり切れないところにあるのだろう。
     参考文献『心の海を探る』遠藤周作著・角川文庫

8月27日
 今夏の暑さは厳しい。本州の平地はどこも暑く、逃げるためには高度を上げるしかない。というわけで、今年3度目の奥日光行きである。
 店舗が終わり、静かに蒸し暑い夜の東京を出発する。車に乗って高速を通り、いろは坂を上って約3時間で別天地に到着した。途中、シカやタヌキの光る目と出会う。湯の湖畔の駐車場に車を止め、仮眠する。クーラーなどもちろんいらない。薄手の毛布をかぶり朝日に目を覚ます。湯の湖畔に大きめの敷物を敷き、持参のコーヒーセットでコーヒーをいれる。あとは、お供の文庫本とともにゴロリところがり1日を過ごす。時間ギリギリまで下界には降りない。釣り人を見て草花を観て、雲の流れるのをみていれば、飽きることはない。何の疑いもなく指にとまるトンボや、出たてのホヤホヤで赤っぽく湿ったススキの穂の触感を楽しんだ。
 入浴もしてさっぱりした体で金精峠をおりる。高度を下げると今まで耳にしなかったセミの声が聞こえる。
 奥日光は国有林地なので必要以上の開発はなく、いつ来ても変わらないと思っていたが、木の繁りが激しくないか、と店主は言う。温暖化の影響か。そう思ってみると、平地ではあきらかに雑草の勢いが増している。ガードレールや標識があちこちで葉や枝におおわれている。
 店の周りでも、今まで見たことのなかった虫や、目をひく鮮やかな色の蝶を見かけることがある。「うちのFlora and Fauna(フローラアンドフォウナ)が増えた」なんて単純に喜んでいる場合ではないのかもしれない。

8月26日
 『古本屋五十年』(ちくま文庫)・『古書肆・弘文荘訪問記-反町茂雄の晩年-』『ある古本屋の生涯-谷中・鶉屋書店と私』(日本古書通信社)のカバー画をかいた青木有花の新作イラスト数点が銀座の[画廊るたん]で来週(30日から9月4日)開催の元展にて展示されます。お近くへお越しの際はぜひお立ち寄りください。

8月23日
 残暑というにはあまりに酷い日中の暑さである。
 朝のうちからの強い日ざしにため息をつきながら、プランターに水やりの準備をしていると、今日も、バッタがいた。
 「ときめきリンダ」という可愛い命名が気に入って毎年初夏にコリウスを買う。この夏その赤いコリウスの葉に2匹のバッタが住んでいる。黄緑色の体が目立たぬ緑の葉は周りにたくさんあるのに、いつも赤い葉や茎の上で、2匹してシュッと細長い顔を天に向けている。
 この一年だけが一生涯である生き物には、例年との比較などない。自分が生まれて生きる気温や環境が当たり前で、すべてである。
 例年と比べて暑過ぎると日々天に悪態をついている自分を反省し、彼らに直接水が当たらないように、大きく葉を張り出したハンギングプランターに水をやった。

   -ばった- 
   ばったよ  一本の茅をたてにとって身をかくした
   その安心をわたしにわけてくれないか   -八木重吉-

8月9日
 久しぶりに雨が降った。
 7月末の酷暑を思えば8月になってから、朝晩はいくらか涼風が入るようになったが、夜も寝苦しい日が続いている。それが、昨晩ふと、熱風を着込んでいるような東京の空気が脱ぎすてられ、素肌を風が吹いた。猛暑の夏に、昨夜の雨とその前の風はまさに恵みだった。
 今日は朝から、何度もこの歌をとなえている。

   どしどしと
   季節あらたまり 風吹きて
  そこらいちめんに 涼しきもの満つ    -高村光太郎-

 暑い日々、もうすぐこんな日が来るからとメモ紙に書き写して枕元に置いて眺めていたのだ。
 藤原敏行の「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」とともに、私のなかで、晩夏の二大巨頭である。

7月のユーコさん勝手におしゃべり
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