ユーコさん勝手におしゃべり

4月29日
 一週間程前にぽちぽちと咲きだした小庭のジャスミンが満開になった。
 気温の低い3月でたどたどしく始まった今年の春も、ここへきて一気に帳尻を合わせ鮮やかに花を開かせている。
 先週横浜の神奈川近代文学館へ橋本治展を観に行った。その時は早咲きがチラリと咲くばかりだった港の見える丘のバラ園は、今頃芳香に満ちているのだろう。
 こうして季節は晩春から初夏へ移ってゆく。年齢を重ねるということは、周りに既視感が広がるということだ。まだ咲いていない花木も満開の姿が想い浮かぶのはよいが、初めて見た時の驚きに似た感動は薄れてゆく。
 だからこそ、見落としたものはないか、よく目を凝らして ゆく春を見送らなければならない。
 今日は荒川土手にテントウムシを探しに行った。小庭のアブラムシ対策のために集めるようになったテントウムシだが、そのかわいい姿や変態の様子に見飽きることがない。
 イネ科の植物の花粉症で、マスクの中を涙と鼻水の洪水にみまわれながらも、持参の袋に成虫・さなぎ・幼虫を確保した。
 これから小庭の香りの主役はジャスミンからハニーサックルにかわってゆく。
 今晩は、母の遺したガーゼの布で、新しいテントウムシの捕虫袋をつくった。

4月13日
 足並をそろえずに、それでも春はやってきた。
 4月1日、堀切菖蒲園の駅舎にツバメがやってきた。去年の崩れた巣を修復している。その時まだ桜(染井吉野)は咲きだしたばかり。土手ではよく見られたけれど、三分咲きにもならぬ内に土手からここまでツバメが来るのは珍しい。
 その日、店の前で花に水をやっていると、カラスがやけに騒がしく鳴いていた。攻撃的な声の主を見上げると、ターゲットは電柱の変圧器であった。
 数日前そこから可愛い声が聞こえていた。スズメ夫妻が変圧器を支えるパイプの中で営巣していたのだ。
 スズメは近くの電線の上にとまって困っていた。変圧器の方はすでにシーンとしている。
 変圧器は店の三階の窓の前にある。自然の摂理だから仕方のないことだが、三階に上がって窓を開け、カラスに「いじめちゃダメ!」 と道路越しに言っておいた。急に現れた人間に驚いてカラスは飛び去った。
 カラスに見つかり一度は断念した営巣だが、数日後、店主が、「スズメ、また来てるよ。」と伝えてくれた。
 染井吉野がはらはらと花吹雪となり、八重桜が豪華な花を見せ始めた。
 今朝は自転車に乗って荒川土手を上り、50種の桜が名物の足立都市農業公園へ出かけた。公園前の土手のチューリップ35000本が見ごろを迎え、たくさんの人が来ていた。
 手に触れられる高さの桜の花の下から天を仰げば、ずっと続くように花また花で、その先に青い空が広がる。ウグイスの声がここちよく耳に入る。
 土手から公園に入る下り坂を、小さな男の子がパタパタと走ってきた。ママが
 「止まって! 勝手に行っちゃダメでしょ!」 と言うと、男の子はその場でピタッと止まった。いつも危ないっておこられているのかな。しかし、すかさず
 「わたしに ついてきて」
 ときっぱりと言って、男の子はまた歩き出した。数秒の攻防だった。ママの口調をしっかりリピートした男の子に一本取られたママたち一行は、男の子の行く方へ進んで行った。
 色や花付きがそれぞれ違う桜の並ぶ土手道に、数首のうたを載せたプレートがあった。

 さまざまな 事思い出す 桜かな     松尾芭蕉

 帰り道、土手の上から街や川を眺めながら、頭の中にさまざまな春がめぐってきた。
 花にも鳥にも、それぞれの春がやってきた。

4月7日
  朝、スーパーへ買い物に行き、駐輪場に自転車をとめていると、
 「ママ、ごめんね」 とかわいい声がした。近くにとまった自転車に乗った二歳くらいの女の子が、レインカバーのついた子ども乗せ自転車の後ろの席から抜け出せずにママに手伝ってもらっている。
 前後にチャイルドシートがついていて、普段はお兄ちゃんかお姉ちゃんが後ろに乗って、あの子は前カゴなのだろう。今日は特別乗ってはみたが、身体がはまりこんじゃって一人で出られないのだ。シートベルトをはずしてもらい、身体をママにあずけながら小さな彼女が言った。
 「ママの大切な時間を使わせてしまって、ごめんなさいね」
 からだに似合わぬ大人な口ぶりに、自転車をこぎながら頬がゆるんだ。

 先日は、別のスーパーで、就学前の幼い姉弟が駄菓子をひとつずつ持ってレジに並んだ。遊びに来たおばあちゃんちで、「これで好きなもの買っておいで」とお小遣いをもらったのかな。
 千円札を一枚出して、レジの人に、「これで足りますか?」 と聞く。
 「大丈夫ですよ」 とピッとバーコードをスキャンして、小さなお菓子を子どもに渡すと、お姉ちゃんが、
 「レジ袋はけっこうです」
 と言った。すぐに持参のエコバックに二人分のお菓子を入れて、うれしそうに出口の方へ向かう。
 店員さんが慌てて、レジに残ったお釣りを生鮮を入れるポリ袋にジャラジャラと入れ、
 「お釣りがありますよ」 と二人を追いかけた。

 保育園や周囲の大人たちから言葉を覚え、覚えたての言葉をスラリと口にする。まだ「大人」に絶望していない幼い人たちが、これからも「大人」に希望を持てるような世の中になるといいな、と夢みる。

 昨日、公園のボランティア花壇で、パパと満開のチューリップの手入れをしていた幼児が、「ママに持って行ってあげる」とパパに言って、「三本だけね」と許しを得た。
 自分の区画の中から慎重に三本を選ぶ。
 「きれいですね」 と声をかけると、パパが
 「昨日までは、まだつぼみがちだったのに、今朝一気に咲きましたね」 と言う。
 そして小さな女の子が、
 「うん。チューリップ、おとなになったの」
 と咲き誇る三本の赤とピンクのチューリップを手にこちらを向いた。
 「おとな」という言葉の新鮮なイメージに衝撃を受け、チューリップのように背筋が伸びた。

3月のユーコさん勝手におしゃべり
それ以前の「おしゃべり」