ユーコさん勝手におしゃべり

10月24日
 今朝小庭で、眉刷毛万年青(マユハケオモト)のつぼみを見つけた。
 今年は葉に勢いがないようで心配していたのだが、小さなつぼみが伸びてきた。
 数年前に飼いカメの友達の老婦人からいただいた一鉢だ。彼女はもうここまで歩いてくることは出来なくなってしまったのだと、時折カメを見に来る息子さんからうかがった。
 今年もハケの花が咲いたら、喜んでくれるだろうか。

10月23日
 文化の秋なのである。
 大暴れだった猛暑の9月の後、どうなることかと思っていたのに、10月半ばからは、しれっと秋晴れが続いている。安定した気候の行楽の秋がやって来た。
 散策どころではなかった9月のリベンジで、仕事の合間をぬってはせっせと出かけている。
 先週、埼玉の松伏緑の丘公園へ行くと、コスモスの摘み取り花壇があった。花の盛りになったコスモスは、放っておけばそのまま終焉してしまうから、みんなに持って帰ってもらおうという企画だ。
 つぼみのたくさんついた太い枝を、持参の十徳ナイフで切って束にした。車の中ではくたっとしていた枝も、家で水切りしてやるとシャッキリと立ち上がり、翌日からつぼみは次々花となった。花入れの周りに大きなドングリをどっさり置くと、食卓は急に秋めいた。
 翌日は店主とバイクの二人乗りで都内を行く。
 店主は国立近代美術館で棟方志功展を鑑賞し、私は北の丸公園の森の中のベンチで文庫本を読んでいた。
 道をはさんだ科学技術館に、遠足(社会科見学か)の小学生の列が吸い込まれてゆく。義務感で展示を見、作文のために感想をひねり出すこの長い行列の中に、一人か二人くらい、この遠足に触発されて科学の道をゆく子がいるのだろうなと、遠足の意義を思う。
 翌日もバイクにまたがり、横浜の神奈川近代文学館へ井伏鱒二展「アチラコチラデブンガクカタル」を観に行く。いつもながら充実の展示で、タイムスリップ世界に迷い込んだような時間を過ごした。
 港の見える丘公園にはバラが咲いているが、この日はすぐに坂を下り、ベイブリッジを渡って、新横浜へ。昼食を新横浜ラーメン博物館でとると決めていたからだ。
 店主の一推しは、山形赤湯ラーメン「龍上海」である。
 店主長年のツーリング友だちの実家が近くにあり、泊まりに行った時教えてもらった思い出の味だそうだ。
 「辛みそがうまいんだ」とワクワク入場したが、なんとその日だけ龍上海は臨時休業だった。
 他にも銘店が並ぶラーメン博物館のこととて、満腹満足で帰路についた。
 しかし今いち納得できない彼のもとへ、お友達から連絡がくる。
 バイクで山形へ行くという。彼の実家に一泊する東北へのロングツーリングである。
 すでに寒さに向かう時期でもあり、今期のラストチャンスに店主が色めく。
 防寒怠りなく準備を進め、友とそれぞれコースを考える。ベテランライダー同士、道筋のすり合わせは会ってからすぐにできる。
 店主は今、山形のどこかを走っている。念願の「龍上海」をお腹におさめて。

10月14日
 記憶はどんどん上書きされる。
 おととい近所で、キンモクセイの花を見た。今秋の初見で、思いきり息を吸い込むと、通り過ぎた後、かすかに秋の香りがした。
 今年は9月の気候が無かった。8月が終わると、もう一度8月で、延々と夏が続いていたのだ。
 それが、10月になって、秋はイキナリやってきた。初見からわずか二日の内にキンモクセイはあちこちで香るようになった。
 森のある公園へ行けば、ドングリがたくさん落ちている。小さなドングリの敷き詰められた地面を歩くと、サクサクと靴の下で実がはじけて、まるでマカロンの上を歩いているようで楽しい。
 夏が長かったために、やけに巨大化している緑のコキアも、みな赤くなれば、毎秋と同じような秋の景色になるのだろう。
 無かった9月の穴は埋まらぬまま、通常の10月がどんとのっかっている。
 早回しの画面を見るように、秋の記憶は上書きされ、9月が無かったことが、無かったことになってゆく不思議な10月である。

10月1日
 9月の末、ぶどうと温泉を目指して山梨を旅した。甲府のJAの直売所で目当てのぶどうと、ビオラの苗をいくつか買った。
 旅の間は、湖でも公園でも彼岸花とススキ、満開のコスモスが出迎えてくれる。
富士山人気は絶大で、外国人観光客のにぎわいはコロナ禍前以上に見えた。雪のない富士山の頂上に冠雪のように笠雲がかかっていて、新倉山浅間公園の展望デッキには、カメラを構える人が波のようにいる。
 "photo""take"と単語が聞こえる。カップルやグループがお互いにかたことの言葉で写真を撮り合っていて、いろんな言語の「ありがとう」が交わりほほえましかった。
 帰路、車の窓から十三日目の月を見る。左側の少し欠けた月に、二日後の満月への期待がふくらんだ。
 翌朝、まだ横にさす朝日の中、小庭のプランターで一夏がんばった草花を、旅土産のビオラの苗に植え替えた。
 汗だくになってシャワーを浴びに行く。三階の風呂場の窓の前の電線にトンボが二匹とまっていた。トンボを驚かさないようにそっと水を浴びた。
 翌29日の晩、雲に覆われた東京の空に、中秋の名月は拝めなかった。でも、暑さの残る昼間と段違いに、夜にはいい風が吹き抜ける。
 寝室の窓から雲ばかりの空を見上げながら、穴に落ちてゆくようにストンと眠りに落ちた。

 どしどしと 季節あらたまり 風吹きて
 そこらいちめんに 涼しきもの満つ
              (高村光太郎)

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