ユーコさん勝手におしゃべり

12月24日
 年末に一輪、さいごのコスモスがひらきそうなのである。
 秋も深まった頃、花壇の植え替えをした。飼いカメも小庭から場所を移して冬眠し、空いたスペースにプランターを並べた。弱ってきた夏・秋の花を、順次冬・春の草花と交換してゆく。チューリップやムスカリの芽吹きもはじまった。
 そして 植え替えも残りあと一鉢、となってから、作業はずっと止まっている。片思いの誰かの恋愛事情を見守るように、たったひとつのつぼみを毎日観ている。
 晩春に種をまき、9月には咲く予定だったコスモスである。ずっと不発で、あきらめて抜いてしまおうとした晩秋になって、つぼみをふたつ見つけた。ひとつは純白に開き、大輪で花持ちもよかった。これで区切りと思ったら、もうひとつのつぼみも しっかりふくらんでいて、また抜けなくなった。たったひとつだが、そのけなげさを待ってみることにした。
 成長はあまりにゆっくりながら、寒くなっても弱ることなく、数日前に白い花であると主張し始めた。こぶしを握るように緑色だったつぼみの中に、白が見えている。小庭のはじっこ、店の入り口の角から道路際にひょろりと伸びた季節外れの一輪である。
 週明けから寒波がやって来ると天気予報が言う。
 今年もあと一週間、名残の秋にやきもきと気の抜けない年の瀬となった。

12月11日
 朝からいい天気だ。寒さのつのってゆく12月半ばに、ごほうびのようにやってきた晴天に、自転車で海までサイクリングに出かけた。
 持ち物は、ハンカチ、ティッシュ、飲み物と、てんとう虫用の不織布袋である。
 草原でのてんとう虫探しは、最初は小庭の管理の実益のためだったが、今では趣味の一つになった。今日も、「もう冬眠で見つかるまい」とは思いつつ、ポケットに袋だけは入れた。
 古本屋で店番をしていると、人間の趣味の幅広さに感心する。実に様々な分野の書物があり、どんな本にも、書いた人がいる限り、読む人がいる。それが何でも、好きなものがある人は幸福だ。周りが変化しても、多少の逆境があっても、ゆるがぬ「好き」があれば、自分を保つことができる。
 海に向かって荒川土手を走る。出会うのは、走る人、踊る人、奏でる人、野球の人、サッカーの人、釣りの人、スケボーの人…。広場の空にはたくさんの連凧も浮かんでいた。趣味と鍛錬の博覧会だ。
 葛西臨海公園まで走って一休みする。そして、花壇や草原を見つめる。いないかと諦めかけたてんとう虫の最初の一匹を発見すると、目にスイッチが入る。野原で、嬉々としてはいつくばっている私も、はたから見れば ちょっと不思議な趣味の人、だろう。今日は12匹採取した。帰り道、「どのプランターに放そうかな」と考える。
 まこと、人の趣味に戸はたてられない。

12月10日
 オレンジの雨を浴びに、都立水元公園メタセコイアの森へ行く。
 メタセコイアの森は天も地もオレンジに染まり、視界が明るい。紅葉する針葉樹は珍しい。そして紅葉が終われば、いっせいに葉を落とす。この時期背の高いメタセコイアの林の中はまるでオレンジ色の雨が降っているようになる。
 何年か前に体験したそれを狙って行ってみたのだが、今日は風がなく、ふりそそぐオレンジの雨とはいかなかった。そして寒い。気温が低い上に、うっそうとした林の中は、しんと冷える。
 午前中いっぱい散策しようと思っていたが、早めに退散し、家で昼食にあたたかいスープを作った。
 夜、今冬はじめてのみかん風呂に入る。干したみかんの皮を湯船に浮かべると、冬のいいにおいがした。
 コロナ禍で大きな季節行事がなく、ただ暑さや寒さがゆきすぎる。そのせいか「今が何月なのか」が時々わからなくなり、仕事中に度々カレンダーを確認することになった。書類の年月日だけが動いてゆく。
 予約やら人数制限やらを守りながら、定期的に展覧会や博物館には行っていたが、「○○に行ってきた」と話題にするのも はばかられるような丸二年だった。どこもゆったり観られた点は良かったけれど、直行直帰なので、振り返っても付随する季節の思い出がついてこない。
 一年前の正月には、元気に双六遊びに興じた父が、今度の正月にはいない、ということだけが大きな違いで、あとは変わらぬ、マスクの二年間が過ぎてゆく。

12月5日
 キリリと寒い土曜日の朝、カメの冬眠用のポリバケツのフタを開ける。
 すでに準備は万端、黒土をこねてつくった泥んこに水をそそぎ、周囲に黒土を柔らかく固めた土手も作ってある。ポリバケツの中は、水を張った田んぼのミニチュアだ。
 家でクッションにくるまって仮眠中のカメのごきげんと気温の様子を見ながら一週間が過ぎた。平年より高めだった気温も徐々に下がり、朝晩の冷え込みも始まった。あたたかい日中はカサコソ動いていたカメも、もう出てきて遊んでくれることもない。
 カメをクッションごと外に運び出し、クッションをひらく。移動の気配に目を覚まし、「まだ寝ませんよ」と言うようにゆっくり首を伸ばし手をさし出してくるが、家の中は暖房を入れる時期になり、カメの安眠の邪魔になるので、自然の気温に身をまかせてもらうことにする。
 バケツに入れ、落葉のおふとんを たっぷりかける。染井吉野の紅をメインに、イチョウの黄色や河津桜の橙色、色も形も様々なあれこれの葉をのせて、そっとフタを閉めた。
 しばらくコトコト動く音がして、しんと静かになる。
 こうしてカメは、早咲きのチューリップが開くころまで、深い眠りにつく。
 寒い冬を過ごさず済むのは、ちょっとうらやましい気もするけど、霜柱も雪も見られないのはもったいないかな、とも思う。
 ともあれ、来春、泥水の美容効果でツヤツヤの甲羅と、桜の葉のいいにおいを身にまとったカメとの再会が、今から楽しみだ。
 このところ地震が多い。人間と本は心配だが、カメはあの東日本大震災の時も冬眠中で、しばらくして余震のある中冬眠バケツを掘ってみたが、完璧に眠っていて何も感じていなかった。冬眠中はまるで石と同じになり、少しくらい蹴られてもピクとも動かない。安心してまた埋めた。
 あたたかくなり、店も落ち着いたころ、明るい顔で起きてきたものだ。
 あれから10年、もうすぐ11年になる。変わるものと変わらないものに囲まれて、十年一日の古本屋暮らしは、次の10年に続く、のかな。

11月のユーコさん勝手におしゃべり
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