ユーコさん勝手におしゃべり

2月29日
 うるう年の特別な一日がやってきた。4年に一度の2月29日。でも今年はそのことを話題にする人もいない。新型ウィルスの影響で、世の中はそれ一色だ。
 みんな迷っている。TV報道は、オリンピックの開催をあやぶむコメントを発しながら、直後に同じ司会者がオリンピックアスリートに感嘆し、健闘を期待する。
 大震災や水害のように目に見える家屋倒壊や道路破損はない。実感が伴わないまま、各種イベントが中止になり、休校が決まった。
 二日前に全国の国立博物館の休館を知った。上野の国立博物館に「出雲と大和」展を見に行く予定だったが、会期短縮で打ち切りになった。
 どこの展覧会も同様の措置をとるだろう、と、店主が言う。相談して、昨日28日の午前中は、江戸東京博物館とすみだ北斎美術館を はしごすることにした。
 温暖な晴天だったのでバイクで行ったのだが、駐車場の光景に驚いた。いつもは、びっしり並んでいる大型観光バスが、一台もない。駐車場全体を見渡しても、マイクロバスが一台とまっているだけだった。数台の自転車があるだけの駐輪場にバイクを入れて入場する。こんなにすいているのは初めてだった。客数より職員さんの数の方が数倍多い。
 特別展の「江戸ものづくり列伝」はイタリアのバルディ伯爵のコレクションが初公開ということで、2・3人のイタリア人とおぼしき人が熱心に見ていた。会場の人たちは みなメモをとったり、解説に見入ったり、まじめに鑑賞していた。
 一周して外に出ると、駐車場に一台乗用車が入ってきた。それがさいしょの一台のようだった。マイクロバスはもういなかったので、バスの駐車スペースはがらあきだった。
 そのまま北斎美術館「北斎師弟対決」展へ向かう。普段は混んでいて なかなか行く機会がなかったのだが、こちらも
 「やっていますか」 と入り口で聞いてしまう程すいていた。客の数より係員の数の方が あきらかに多い。前期後期の展示替えがあるのだが、会期中の休館予定については、入口受付の人も、「まだ わからないです」とのことだった。
 お昼に店に戻り、店を開ける。外出自粛のためかネットの注文は多く、梱包発送に追われた。
 3月1日にあるはずだった地元堀切の商店街のイベントも中止に決まった。
 一夜明けて、今日パソコンを開けると江戸東京博物館も北斎美術館も休館になっていた。
 スーパーやドラッグストアだけがやけに混んでいる。
 まるで映画を見ているような、日々の映像である。見えない何かがジワジワ迫っている。
 そんな中で淡々と一日一日を過ごし、粛々と仕事をこなしていけることを ありがたくかみしめる。

2月22日
 キッチンのカウンターにお雛様を出した。
 丸い小さなプラスチック筒に入った自分用の小さな内裏雛だ。赤いハンカチにちょこんとのせる。
 2月は短く、お雛様はいつも数日しか顔を出さないのだが、今年は暖冬で、体感気温はもう3月なので早めにお出ましになった。
 一年分一枚のカレンダーが壁に貼っているのだが、最近、目が3月の方へ行ってしまって
 「アレ、曜日がずれてる?」 と思ってから
 「あ、まだ2月だった。」 と気付いて見直すことが何度かあった。
 あちこちで河津桜も一気に満開になっている。寒風に首をすくめることもめったにない。
 いつも、春は一番好きな季節なのに、くっきりとした冬のあとにくる春でないと、なんだか気分が乗らない。
 今日は、昼間、春一番が吹き、夜、雨になった。小幅ながらも、それなりに季節は揺れ動き、それなりに、春になってゆく。

2月14日
 2月9日の晩、キリリと冷えた空に満月が大きく明るかった。
その朝、私は店主の運転する車で、横浜の実家に行った。助手席に乗り東京ゲートブリッジの上から左右を見る。左手 千葉方面は、陽を浴びた海面がキラキラと輝き、
 「まるで 磨りガラスを敷き詰めたみたいだな。」 と店主が言う。
 右手の東京側は、遠くの建物までがくっきりと見える。東京タワー、お台場の観覧車はおもちゃのようだ。ニョキニョキはえたビル群の一番手前に、オリンピックのボート会場がある。ビル群の向こう バーンとそびえる富士山は、見えるところすべて雪におおわれまっ白で、山の凹凸の影までがわかる。
 実家の父のところへ寄り、午後、大倉山梅林へ行った。冷たい風にのった梅の香りを、目を閉じて胸いっぱいに楽しむ。隣接する大倉山記念館がオープンデイで、時代を感じる重厚な館内と大倉山精神文化研究所の展示を見学する。
 実家に戻ると、父が、
 「となりの奥さんが、アレ持って来てくれたよ。あの、きいろいやつ 」 と言う。
 「きんかん? オレンジ色の小さいのでしょ。」 と応えて冷蔵庫を見ると、ビニール袋いっぱいにコロコロと小さな太陽があつまっていた。
 お庭からのおすそ分けを ひとつポイっと口に入れる。甘酸っぱくてなつかしいいつもの味がした。
 この日は冬らしい晴天だったが、寒さはこの日までだった。暖冬といわれるだけあって、翌日から もわりと気温が上がった。花は次々咲きだし春の便りを運び始めた。
 好天に誘われて今日は午前中、自転車に乗って江戸川区の行船公園自然動物園へ行った。動物たちも活発に動き回っている。ここでのトピックは、プレーリードッグの赤ちゃん二匹だった。二匹まとめて手のひらに乗るくらい小さい。看板に、「2月12日にはじめて巣穴から外に出ました。」と書いてあるので、おそと体験二日目なのだ。
 巣穴を中心に半径2・30cmの世界を二匹で大冒険している。大人たちは広い地面に散らばってのんびり過ごしているが、彼らは一時もじっとしていない。じっとしていないが、巣穴からは決して離れない。二匹で鼻先を合わせあったり、しっぽを噛み合ったりしてじゃれ、少し離れてはまた慌てて巣穴の前に戻ってくる。保育園の散歩組や親子連れが、声を上げて見ている。
 おおむね大人は「かわいい」と感嘆し、目が釘付けになるのだが、小さい子ほど淡白で、少し見ては、「メーメー(ひつじ)の方へ行こ」 とか、「リクガメがいるよ」 と大人たちに先を促している。自分に近いと、その無邪気さや行動が珍しくないのだろうか。
 ひととおり見て、動物園の隣りの庭園のベンチでお弁当を食べて、昼に店に戻った。ベンチの前の梅の木で、メジロがチーチー鳴きながら蜜を吸っていた。
 ○○園と名付けられるような小さな観光地が、どこもすいていて、ゆったりしている。
 ほんの数か月前、昨秋のラグビーワールドカップの時には、路地にまで、カラフルにいろんな言語があふれていた。そのあとも、普通にどこででも見られた海外からの観光客が今はいない。新型コロナウイルスの影響は、大規模施設だけでなく、小さなところへもあらわれている。
 もとに戻ったとも思えるが、一抹さびしさも感じる。
 今日、沈丁花のさいしょの一輪をみつけた。春の楽しみがまたひとつはじまった。

1月のユーコさん勝手におしゃべり
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