ユーコさん勝手におしゃべり

3月30日
 桜を咲かす好天がやってきたかと思えば、花曇り、花冷えと気温は上下動を繰り返す。
 ことばがある通りに実態がある。というより、実態があるからことばがうまれた。次は花散らしの雨だろう。 今週は、もうしまおうかと思っていたセーターや手袋にも最後のご奉公をしてもらった。
 気温が下がれば花持ちはいい。今年の桜は満開が長く楽しめる。
 冬眠から覚めてもまだ何も口にしなかった亀が、昨日はじめて食べ物に興味を示した。今春の初ごはんはカニカマだった。最初は珍味的なおいしいものだけ食べ、そのうち食欲がわいてくるとカメのエサもよろこんで食すようになる。
 季節によりそって生き、季節とともに変化する。散歩につれて行った先の公園で、首を伸ばして桜に染まる天を仰ぐ。その姿が、「たくさんのことばは知らなくても、亀はなんでもおみとおしだ」 と語っていた。

3月24日
 桜のサービス精神には毎年のことながら畏れ入る。
 気付かず通っていた道の空をいきなり薄桃に染める。そこにあると以前からわかっている木でも、角を曲がり満開が視界に入ると、思わず「わぁ」と声が出る。
 花の重みで枝は垂れ、目の高さまでおりてくる。花は人なつこく下を向いて開く。バラや椿のように色が褪せても木に残ることはなく、咲ききったものから散ってゆく。
 まこと人たらしの木である。それでも、これだけきれいならだまされてもみたいものよ、と今日も花咲くほうへ足が向く。

3月20日
 球根の植わったプランターで、水仙がムスカリに主役を譲らんとしている。
 昨夏、ムシトリナデシコの群生する空き地で、種をもらった。埋めてみたものの、すっかりあきらめていたのが、今朝、たくさんの発芽を見つけた。空間になっていたところに何か植えようと、先週園芸屋さんでみつくろったが、も少し待とうと買わずに帰った。掘りあげないでよかった。
 成長を見守るほど、楽しいものはない。それが次々やってくる春は、何よりうれしい。

3月19日
 強風や大雨に翻弄され、季節の変わり目というには過剰に激しく、今年の春はやってきた。
 梅の開花は遅れ、桜は早く咲いたので、数日の間に景色はいきなり冬枯れから全開に変った。
 突然満開の沈丁花やもくれんに、街を歩くと季節から花束をもらっているようだ。
 店主が自転車で書庫に本をとりに行った帰り、大きな枝をかつぐように持ってきた。
 「近くの家で庭木の剪定をしたらしい。となりの家の人が、『青木さんも花好きだからもって行きなよ』ってくれたんだ。」 と言う。
 咲き初めて、つぼみもいっぱいついた桃の枝が何本もあった。水を入れたバケツに立て、店の横の小庭に置いた。
 飼い亀も先週末に冬眠棚からおろして、日向ぼっこを楽しむようになった。
 さぁ、季節は急速に動き始めた。見逃さないようにしなくちゃ。

3月3日
 店主が、「昨晩 夢を見た」 と話をする。
 場所は店舗である。本棚がずらりと並んでいる。そのひとつの本棚の下から赤い小さいカニがサカサカと出てきた、というのだ。
 「カニ?」
 「そう。ゆでたカニみたいに赤いカニ。それで驚いて長い定規を本棚の下にさし込んで床をさらうと、いくつもカニが出てくるんだ。どうしよう、と思うわけだよ。
 本棚をどけてみるかと君がたずねるんだけど、本棚をどけて下が池だったら、と思うとこわくて、躊躇するんだ。」
 「それでどうしたの? どけてみないわけにはいかないよね?」
 「うん。はたして本棚をどけて床をはぐと、下は大きな池になってて水がたまってるんだ。とほうにくれたよ。」
 「それでどうしたの」
 「目が覚めた」
 ありえないような、映像が目に浮かぶような、不思議な夢の話だった。
 私は面白い絵としてうけとったけれど、店主は夢の中で、本が湿気てしまうという現実的な恐怖におののいていたらしい。

3月1日
 寒い日だった。均一台の本の補充をしようと店舗の外に出る。うちの店のおとなりは惣菜屋さんで、その店先に老婦人と犬が立っていた。
 コートを着て帽子をかぶったご婦人は、買ったお惣菜をひとつ手に取り、座らせたシェットランド犬に、「おとなしく食べるのよ」と言って分け与えた。
 犬が食べ終わると、
 「じゃ、ネコのエサ買って帰ろ。」と声をかけてリードを持ち、自転車に乗る。犬は自転車と並走して行った。
 店に戻って店主に話すと、
 「おばあちゃんと犬で、ネコを飼ってるんだね」と言った。
 家族のかたちはいろいろだ。
 ネコを飼っている犬、というのも、ありなんだな。

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