ユーコさん勝手におしゃべり |
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10月28日 その人は佐賀から電話をくれる。何度も電話をとったのですっかり覚えたその口調を、先週の金曜日に2年ぶりに聞いた。 そのお客様のことは昨年の8月にもこの「勝手におしゃべり」に書いた。私の店番机の横に一年もとりおいてある遠藤周作『沈黙』についてだった。いつも電話で本のリクエストを言い、こちらに本があると 「現金書留で送金します。お金がついてから本を送ってください。」 という。 何年もそんなやりとりが続いていた。お金は律義に電話の翌々日には着いていた。 それが、遠藤周作『沈黙』函入・付録書評付を求め、「また電話します」と言ったきりになっていた。 その時手許にはなかったが、しばらくして店に入ってきたそれを、そのお客様用にとりおいていた。病院に通うバス停から電話をしているという話や、あまり体が丈夫でないということをチラリともらしていたことを思い出し、心配していた。一年以上がたち、本は机の横から在庫本の置き場へ場所を移したが、売り場には出さず、そのお客様の名前と提供価格を書いた紙をはさんだままになっていた。そしてそのことも、実はなかば忘れていた。 金曜日、鳴った電話をとると、「佐賀県の○○○○です。」と懐かしい口調が聞こえた。2年以上のブランクなどなかったように、『沈黙』をリクエストする。『沈黙』と三島の『金閣寺』が欲しい旨と今回の予算を告げる。在庫と書籍の状態を調べるのでまた電話してくれるように伝えて、いったん電話を切った。「あの時のご希望のものをとってありますよ」と答えられることに心がわきたった。本は2冊とも予算内だった。 しばらくしてかかってきた電話で、2年前にお父様が認知症で入院し、ずっと介護に通っていたことを知った。「父がたいへんなのに、自分の道楽のために本を買うのはためらわれて、ごぶさたしました。先日、四十九日が終わったので、また電話しました。」とのことだった。 送料を含めた金額を何度も確かめ、「現金書留で送金します。お金がついてから本を送ってください。」とおっしゃる。日曜日の朝、現金書留が着いた。 月曜日、2年間主を待っていた本を送った。そろそろお客様のもとに着いていることだろうと思う。本の重さ以上に、ほっとした。 今週の月曜日は、何度か督促メールをして、もしかしたら払ってもらえないのかと不安になっていたお客様から、立て続けにポンポンと振替通知がやってきた。 「人を信じてよかった」と、思わず、口に出して言っていた。 10月21日 好天が続き、今日もカラリと晴れている。 近所の堀切菖蒲園まで散歩に行く。ひと気がない園内でカモが一羽、すずめが数羽、忙しそうにエサを捜しついばんでいる。ただ平和なだけで変化もないなと歩を進めると、冬桜の花を見つけた。平らかだった風景が急に輝きだす。はじめに見た木に一輪、そして、隣の木の一枝にも花がある。 もう帰ろうと思っていたのに、もう一度眺め渡したくなる。 カンナのさいごの一輪と冬桜のさいしょの一枝の組合せにすっかり満足して帰宅した。 「さいしょの一輪をみつける喜び」は、いつも新鮮な驚きでやってくる、私の大好物である。 10月10日 台風18号が、終盤を迎えていた夏の花壇にとどめを刺した。雨にうたれ風に吹かれてもようやく最後の花を保ったプランターにお礼を言って、ビオラの苗に植え替えた。 街はいっきに金木犀の香りでいっぱいになった。自転車で少し走るとふくいくと香る。北から、山から、紅葉の便りもきこえてきた。 一つの季節が終わると間髪をいれず次の季節が待っている。これに追われこれを繰り返すうち、知らない間に年をとっているんだなと気づき、一瞬浦島太郎になった気がした。 10月7日 秋雨前線に台風も重なって、今週は雨続き。 書庫に本を取りに行くのも気が重い。傘を深くかぶって手元のカバンを濡らさぬように歩を進める。うつむいて歩いていると、ふわっと金木犀の香りがする。大きな金木犀の木はあるが花はまだ見えない。先週も同じ場所で同じ香りを感じた。「せんだんは双葉より芳し」というけれど、金木犀は堅いつぼみから香るのだ。 ちょっと気持ちも上向いて、書庫で本をしっかりビニールに包み込み、カバンを抱えて同じ場所を通る。神経を鼻に集中させる。が、香らない。 実は先週もそうだった。店に戻って「きんもくせいはつぼみから香る」とメモ書きしたけれど、確信がもてない。店の裏手のお宅にある大きな金木犀の木の脇に立ち、思い切り息を吸ってみたけれど、香らなかった。 「やっぱりつぼみは香らないのか、私の勘違いだったんだ」 と思って、金木犀の存在を気にしながらも日々を過ごしていた。 しかし今日、確信した。金木犀のつぼみは、たまに香る。そばによって鼻で息を吸い込んでも入ってこない香りの粒は、気まぐれに、ふわっと風に乗って通行人を惑わすらしい。 9月のユーコさん勝手におしゃべり |